BUMN(Badan Usaha Milik Negara)とは、インドネシア政府が所有・管理する国営企業の総称です。日本の「国営企業」に相当し、さまざまな産業分野で重要な役割を果たしています。本記事ではインドネシアの国営企業BUMNについて解説します。
1. BUMNの概要
BUMNはインドネシア政府が株式の50%以上を保有する企業で、政府の経済政策や国民の福祉向上に貢献することを目的としています。エネルギー、金融、通信、交通インフラなどの重要な産業で活動しています。
- 設立目的: 国家経済の安定化、インフラ整備、国民への基本サービス提供
- 監督機関: インドネシア国営企業省(Kementerian BUMN)
- 法的根拠: 2003年の法律(UU No.19 Tahun 2003)に基づき設立・運営
2. BUMNの主な種類
BUMNは2つの主要カテゴリーに分けられます。
① Persero(株式会社型)
- 政府が過半数の株を保有するが、民間投資も可能
- 一部上場している企業もある
- 例:
- Pertamina(プルタミナ):国営石油・ガス会社
- Bank Mandiri(バンク・マンディリ):国営銀行
- Garuda Indonesia(ガルーダ・インドネシア):国営航空会社
- Telkom Indonesia(テルコム・インドネシア):国営通信企業
② Perum(公社型)
- 完全に政府所有の企業で、公共サービスの提供が目的
- 例:
- Perum Bulog(ブロッグ):国家食糧庁
- Perum Perhutani(ペルフタニ):森林管理会社
3. 主要なBUMN企業一覧

エネルギー関連
- Pertamina(プルタミナ):石油・ガス事業(シェルやエクソンに相当)
- PLN(ペルサハーン・リストリック・ネガラ):電力会社(日本の東京電力に相当)
金融・銀行
- Bank Mandiri:最大の国営商業銀行
- Bank BRI(Bank Rakyat Indonesia):中小企業向け融資に強み
- Bank BNI(Bank Negara Indonesia):企業向け銀行
インフラ・建設
- Waskita Karya:国営建設会社(道路・鉄道・港湾)
- Jasa Marga:国営高速道路運営会社
通信
- Telkom Indonesia:国営通信企業(携帯電話、インターネット)
交通・物流
- Garuda Indonesia:国営航空会社(ANA・JALに相当)
- KAI(Kereta Api Indonesia):国営鉄道会社
- Pelindo:国営港湾管理会社
4. BUMNの役割と課題
4-1経済成長の推進
(1) 大規模インフラプロジェクトの主導
BUMNはインフラ整備の中心的な役割を果たしています。特に、高速道路、鉄道、空港、港湾、電力網の整備など、国の経済成長に直結する分野での投資・運営を担います。
- KAI(インドネシア国鉄):鉄道整備(ジャカルタLRT、高速鉄道プロジェクト)
- Jasa Marga:高速道路建設(ジャカルタ周辺の高速道路網拡大)
- PLN(国営電力会社):全国の電力供給を管理(地方の電化プロジェクト)
(2) 国家経済の安定化
BUMNは政府の経済政策の一環として、国の経済を安定させる役割を持っています。例えば、国際原油価格の変動が国民の生活に影響を与えないよう、国営石油企業が価格調整を行うことがあります。
- Pertamina:原油価格の調整、燃料の安定供給
- Bulog(国家食糧庁):米の備蓄と価格調整
(3) 雇用の創出
BUMNは国内最大級の雇用創出機関の一つです。直接雇用に加え、関連企業やサプライチェーン全体での雇用機会を生み出しています。
- 2023年時点で約120万人がBUMN企業に直接雇用されている
- BUMN関連企業(サプライチェーン)を含めると数百万人の雇用を支える
4-2. 国家財政への貢献
(1) 国庫への利益還元
BUMNは国庫への主要な収入源の一つです。各企業が得た利益の一部は政府に納められ、社会保障やインフラ投資などに活用されます。
- 2022年のBUMNの総利益:約303兆ルピア(約2兆9000億円)
- そのうち約50兆ルピア(約4800億円)が国庫に納付
(2) 重要産業の保護
民間企業に依存しすぎると、経済危機時に重要産業が崩壊するリスクがあります。BUMNは戦略的産業(エネルギー、金融、通信など)を保護し、外国企業による支配を防ぐ役割も果たしています。
- 電力(PLN):国内エネルギー供給の安定化
- 銀行(Mandiri、BNI、BRI):国家の金融基盤の維持
- 通信(Telkom):国内通信インフラの整備とサイバーセキュリティ確保
4-3. 社会福祉と国民生活の向上
(1) 価格調整と国民生活の安定
国民の生活に不可欠な燃料・電力・食料・金融サービスの安定供給を担い、市場の暴騰や暴落を防ぐ役割を持っています。
- Pertamina:燃料価格の補助と供給(ガソリン、LPG)
- PLN:電気料金の補助
- Bulog:米や小麦の価格安定
(2) 地方の発展支援
地方の経済発展が遅れることを防ぐため、BUMNは地方の発展に貢献する役割も担っています。都市部だけでなく、地方のインフラ整備や雇用創出を促進します。
- 銀行サービスの普及(Bank BRI):地方の中小企業(UMKM)向けの融資を提供
- 電力供給(PLN):辺境地域への電力網拡張
- 鉄道整備(KAI):地方への鉄道アクセス強化
4-4. 戦略的・安全保障的役割
(1) 国家のエネルギー安全保障
BUMNは、エネルギーの確保と供給の安定に関わる戦略的な役割を担っています。特に石油・ガス・電力分野では、外国企業の影響を受けずに国のエネルギー供給を維持することが重要です。
- Pertamina:石油・ガスの確保と国内生産の推進
- PLN:国内の電力インフラ管理
(2) 国防産業の支援
インドネシアには国防関連のBUMNもあり、軍需産業の発展や武器の国産化を進めています。
- PT Pindad:兵器・軍用車両の製造
- PT Dirgantara Indonesia:航空機の製造(CN-235、N219など)
4-5. 技術開発とデジタル化の推進
(1) 国のデジタル戦略の牽引
国営通信会社Telkom Indonesiaは、インドネシアのデジタルインフラ整備を進める重要な役割を果たしています。特に、インターネット普及率の向上やスマートシティ開発に貢献しています。
- 5Gインフラの構築(Telkomsel)
- 国家デジタルIDシステムの開発(Dukcapilとの連携)
- デジタル決済の推進(BRIのQRIS普及)
(2) 産業の近代化
国営企業が技術開発をリードし、インドネシアの産業全体の近代化を推進しています。
- PT Dirgantara Indonesia:航空機製造技術の向上
- PT LEN Industry:鉄道・防衛・通信システムの開発
- Pertamina:バイオ燃料(B30、B40)の開発
5. 近年の動向
インドネシア政府は、国営企業(BUMN)の効率化と競争力向上を目指し、近年さまざまな改革を進めています。特に以下の3つのポイントが重要です。
(1) 民営化の推進:一部BUMNのIPO(株式上場)
インドネシア政府は、一部のBUMNを株式市場に上場(IPO) させることで、民間投資を呼び込み、経営の透明性と効率性を向上させることを目指しています。IPOにより、これらの企業は資本市場からの資金調達が可能になり、事業拡大のための投資がしやすくなります。
最近の主要なIPO事例
- PT Pertamina Geothermal Energy(PGEO)
- 親会社はインドネシア国営石油会社Pertamina
- 2023年2月にIDX(インドネシア証券取引所)に上場
- IPOで9.3兆ルピア(約850億円)を調達
- 再生可能エネルギー(地熱発電)の成長を加速
- PT Telkom Data Ekosistem(NeutraDC)
- Telkom Indonesiaのデータセンター事業
- 2024年IPO予定、データセンター事業拡大のための資金調達
- PT Bank Syariah Indonesia(BSI)
- 2021年に国営の3つのイスラム銀行を統合し、BSIとしてIPO
- インドネシア最大のイスラム銀行に成長
政府は今後も国営企業の一部をIPOさせ、競争力のある企業体制を構築する方針です。
(2) デジタル化の強化:TelkomやBank Mandiriがフィンテック分野に進出
インドネシアのデジタル経済の急成長に対応するため、BUMNもデジタル化に積極的に取り組んでいます。特に、通信・金融・物流の分野で大きな進展が見られます。
主要なデジタル化の取り組み
- Telkom Indonesia
- データセンター事業(NeutraDC):ASEAN最大級のデータセンターを建設中
- インドネシア版AWSを目指すクラウド事業を強化
- Telkomsel(テルコムセル):デジタル決済・5G通信事業を拡大
- Bank Mandiri
- Livin’ by Mandiri:フィンテック・デジタルバンキングアプリ
- Mandiri Capital:スタートアップ投資を強化(フィンテック企業との提携)
- PT Pos Indonesia(国営郵便会社)
- 物流のデジタル化を推進(E-commerce向け配送システム強化)
- デジタル決済サービス「PosPay」を導入
特にフィンテックとデジタルバンキングの分野は急成長しており、国営企業がリードする形でデジタル変革が進んでいます。
6. BUMNのリーダーエリック・トヒル

国営企業大臣 エリック・トヒル氏
インドネシアの国営企業(BUMN)は、国営企業省(Kementerian BUMN)によって監督・管理されています。この省のトップである国営企業大臣(Menteri BUMN)が、BUMN全体の戦略的指針や政策決定を担っています。
2019年から2024年までのジョコ・ウィドド政権下では、エリック・トヒル(Erick Thohir)氏が国営企業大臣を務めました。彼はメディアやスポーツビジネスでの実績を持ち、特にイタリアのサッカークラブ、インテル・ミラノの元会長として知られています。大臣在任中、トヒル氏は国営企業の改革や効率化、民営化の推進に注力しました。
2024年10月20日に発足したプラボウォ・スビアント政権では、エリック・トヒル氏が国営企業大臣に再任されました。彼の再任は、これまでの改革の継続とさらなる深化を期待するものと考えられます。
国営企業大臣の主な役割は以下のとおりです:
- 政策策定と実施:BUMNの運営方針や戦略を策定し、その実行を監督します。
- 監督と評価:各国営企業の業績を評価し、必要に応じて改善策を指導します。
- 改革推進:国営企業の効率化や競争力向上のための改革を推進します。
- 民営化の推進:適切な国営企業の民営化や株式公開(IPO)を進め、資本市場での競争力を高めます。
エリック・トヒル大臣のリーダーシップの下、インドネシアの国営企業は、経済成長の原動力としての役割を強化し、国内外の投資家からの信頼を高めることが期待されています。
7. インドネシア国営企業(BUMN)が就職先として人気の理由
インドネシアでは、BUMN(国営企業)が依然として就職先として高い人気を誇っています。民間企業や外資系企業と比べて、以下のようなメリットがあるためです。
7-1. 安定した雇用と高待遇
- 解雇リスクが低く、安定した職場環境
- 政府が支援するため、景気の影響を受けにくい
- コロナ禍でも給与遅配が少なかった
- 給与・福利厚生が充実
- 一般企業より給与が高い
- 年金・健康保険・住宅補助・退職金が手厚い
- ボーナスや昇給の制度が整っている
7-2. 高い社会的ステータス
- 「国営企業勤務」は信用度が高い
- 結婚市場での評価が高い(安定した職業として人気)
- 銀行ローンが通りやすい(給与が安定しているため)
- 親世代の期待が大きい(就職希望者が多い理由の一つ)
- 優秀な人材が集まる
- インドネシアの**国立大学(UI、ITB、UGM)**出身者も多数就職
7-3. キャリアアップと海外経験
- 昇進がしやすい(昇進制度が整っている)
- 海外研修や国際業務のチャンス
- Telkom Indonesia(シンガポール・日本など)
- Pertamina(中東・アメリカの石油企業)
- Garuda Indonesia(国際線業務)
7-4. ワークライフバランスの良さ
- 休日・有給休暇が取りやすい(労働環境が良い)
- 転勤が少なく、生活が安定しやすい
7-5. 競争率の高さと採用の難しさ
- 倍率が非常に高い(人気職種では20~50倍以上)
- コネ採用(Nepotisme)の影響も一部残る
まとめ
BUMNはインドネシア経済の重要な柱であり、エネルギー・金融・インフラ・通信など広範な分野で影響力を持つ国営企業群です。ただし、非効率性や財務問題、汚職などの課題もあり、政府は民営化や統合による改革を進めています。
インドネシアでビジネスをする際には、BUMNとの関係が重要になるため、その動向は常に注目されています。
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インドネシアの国営企業特集シリーズ
インドネシアの国営企業BUMNについて徹底解説
インドネシアの国営石油会社Pertamina(プルタミナ)
インドネシアの国営電力会社PLN(Perusahaan Listrik Negara)
インドネシアの国営ガス会社PGN(Perusahaan Gas Negara)
インドネシアの国営鉄道会社KAI(Kereta Api Indonesia)
インドネシアの国営アルミニウム製錬会社Inalum
インドネシアの国営郵便会社POS Indonesia
インドネシアの国営空港運営会社Angkasa Pura I & II
インドネシアの国営港湾運営会社Pelindo(ペリンド)
インドネシアの国営航空会社Garuda Indonesia(ガルーダ・インドネシア航空)

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