インドネシアで事業を展開する際には、現地での商標登録や知的財産(IP:Intellectual Property)の保護が非常に重要です。日本や欧米から進出する企業経営者にとって、自社のブランドや技術、コンテンツを守るために、インドネシアの知的財産制度を正しく理解し対応することが不可欠です。
本記事では、法律の専門家でなくとも理解できるよう、インドネシアにおける知的財産制度の概要から商標・特許・著作権・営業秘密のポイント、模倣・侵害リスクへの対処法まで、実務に役立つ重要事項を総合的にまとめました。
インドネシアの知的財産制度の概要

インドネシアでは知的財産権の管轄は法務人権省に属し、その下部組織である「知的財産総局(DJKI)」が商標・特許・著作権・営業秘密などの申請・管理・審査・認定を行っています。インドネシアは世界貿易機関(WTO)の加盟国であり、TRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)にも対応した制度設計を採用しています。
知的財産の主な種類は以下の通りです:
-
商標(Merek):ブランド名やロゴ、スローガンなどを保護
-
特許(Paten):技術的な発明やソリューションを保護
-
著作権(Hak Cipta):創作物(文書、音楽、ソフトウェアなど)を保護
-
営業秘密(Rahasia Dagang):企業内の非公開情報やノウハウを保護
インドネシアではすべての知的財産申請をオンラインで行うことが可能で、各種ポータルサイト(merek.dgip.go.id、paten.dgip.go.id、e-hakcipta.dgip.go.idなど)が整備されています。申請時の言語はインドネシア語であり、現地に住所を持たない外国企業が申請する場合は、登録された知的財産コンサルタント(代理人)を通じて行うことが法的に義務付けられています。
インドネシアでの商標登録の重要性と手続き
なぜ商標登録が必要なのか?
インドネシアでは「先願主義」が採用されており、商標の権利は「先に出願した者」が取得します。つまり、日本国内や他国で有名なブランドであっても、現地で第三者が先に出願してしまえば、正当な権利者がその商標を現地で使えないリスクがあるのです。
また、商標登録後も「3年間使用しないと取消される可能性」があるというルールも存在します。これは有名家具ブランドが現地で一時的に権利を失ったケースでも知られており、登録だけでなく、実際に使用することも重要とされています。
さらに、インドネシアでは地方市場が大きく、商標を守ることは単に模倣を防ぐだけでなく、ブランド価値の信用構築にもつながります。
商標登録の基本的な流れ
商標登録の手続きは以下のようなステップで進行します:
-
事前調査(推奨)
希望する商標が既に登録されていないか、オンラインデータベースで検索します。特に同じ区分(国際分類:NICE分類)での類似商標がないか確認が必要です。
-
オンライン出願の提出
商標の画像、説明、出願人情報などを登録し、出願料を支払います。外国企業はインドネシアの代理人を通じて申請します。
-
方式審査(最大15日間)
提出書類の不備や記載内容の確認が行われます。不備がある場合は通知され、一定期間内に補正することが求められます。
-
公告期間(2か月)
DJKIの公式サイト上で出願商標が公告され、第三者からの異議申し立てが可能になります。この期間に異議がなければ次の審査に進みます。
-
実体審査(最大90日間)
商標の登録適格性が審査され、既存商標との類似性、公序良俗への適合性、識別力などが検討されます。
-
登録および証明書発行
審査を通過すれば登録が認められ、10年間の商標権が発生します。更新は何度でも可能です。
商標登録にかかる費用と期間
商標登録の政府手数料(オンライン)は、一般出願で1区分あたり約180万ルピア、中小企業であれば大幅に割引され50万ルピアで出願可能です。出願から登録までの期間は約6〜12か月を見込んでおくのが一般的です。
登録後の注意点
登録後、3年以上商標を使用しなかった場合は、第三者の申し立てにより取消される可能性があります。また、商標を他社に譲渡・ライセンスする場合は、DJKIへの登録申請が必要となります。
次のセクションでは、「特許による発明の保護と申請手続き」について詳しくご紹介します。【中盤】に続きます。
以下は前回の続き、**「インドネシアにおける商標登録と知的財産保護」【中盤】(省略なし・出典なし)**です。
インドネシアでの特許による発明の保護と申請手続き

特許とは?
特許は、新しい技術的アイデアや発明を法的に保護する制度です。発明が特許として認められるには、新規性(世界中で新しいこと)、進歩性(専門家でも容易に思いつかないこと)、産業上の利用可能性(産業で使えること)の3要件を満たす必要があります。
インドネシアでは、通常の特許(Paten)と、簡易特許または小発明(Paten Sederhana)の2種類があり、通常の特許は最大20年、簡易特許は最大10年の保護期間が与えられます。
特許出願の基本的な流れ
-
明細書・図面等の準備
発明の内容を詳細に記載した「明細書」、請求項(クレーム)、要約、必要な図面を用意します。インドネシア語で作成する必要があります。
-
オンラインでの出願
DJKIの特許出願ポータルを利用し、代理人経由で申請します。外国企業は現地の特許代理人の協力が必須です。
-
出願公開(18か月後)
出願後、18か月経過すると内容が一般に公開されます。ただし、早期公開を希望することも可能です。
-
実体審査請求(36か月以内)
出願日から3年以内に「実体審査請求」を行わないと出願は自動的に放棄されたものと見なされます。
-
審査・査定
DJKIの審査官が発明内容の適格性をチェックし、拒絶理由がある場合は意見書や補正が求められます。問題がなければ「特許査定」が下されます。
-
登録・公告・維持管理
登録料を支払い、公告されれば特許権が発生します。年次維持料(年金)を期限内に支払うことで権利を維持します。
出願にかかる費用と注意点
出願費用は、明細書のページ数、請求項の数、審査請求の有無などによって異なります。一般的な特許であれば100万〜200万ルピア程度から、審査請求にさらに350万ルピアほどかかります。特許維持のためには年ごとに年金を支払う必要があり、年数が進むごとに金額は上昇します。
特許の活用とリスク対策
特許は技術的優位性を守るだけでなく、第三者へのライセンス提供や事業提携の交渉材料にもなります。逆に、特許を取得していない場合、独自技術が模倣されたとしても差し止め請求や損害賠償を行うことが困難になります。
インドネシアでの著作権の保護と登録制度
著作権とは?
著作権は、創作物を保護する権利です。文章、絵画、音楽、動画、写真、ソフトウェア、プレゼン資料など、創作的表現物が対象になります。
インドネシアでは、著作権は創作と同時に自動的に発生し、登録は不要です。ただし、後々の証明や訴訟時に備えて「著作権記録(Pencatatan Ciptaan)」を行っておくことが推奨されます。
著作権の保護期間
著作権の記録制度と活用
著作権を記録しておくことで、第三者による侵害に対して証明しやすくなります。DJKIのe-hakciptaポータルにより、最短10分で電子証明書が発行される仕組みも整っており、企業にとって非常に利用しやすくなっています。
記録にかかる費用も1件あたり20万ルピア前後と低額です。企業の販促資料、社内マニュアル、オリジナルソフトウェアなども対象となります。
インドネシアでの営業秘密の守り方と実務上の注意点

営業秘密とは?
営業秘密とは、企業活動において機密性を持ち、競争優位の源泉となる情報を指します。具体的には以下のような情報が該当します。
-
製品の製造方法や配合レシピ
-
顧客・仕入先リスト
-
販売戦略・価格設定
-
マーケティングデータ
-
プロトタイプや設計図
これらの情報は、他者に知られると競争力を失うため、社内で厳重に保管し、従業員や外部パートナーにも守秘義務を課すことが求められます。
インドネシアにおける営業秘密の保護要件
インドネシアの法制度において営業秘密が保護されるには、以下3つの要件を満たす必要があります。
-
公開されていないこと(非公知性)
-
経済的価値を持つこと
-
秘密として合理的に管理されていること
特に3番目の「秘密管理措置」が重要で、これを怠ると情報漏洩があっても法律上の保護対象にならない可能性があります。
実務における秘密管理のポイント
-
秘密保持契約(NDA)の締結
従業員、取引先、委託先などすべての関係者に守秘義務を課す文書を交わしましょう。退職者に対しても有効です。
-
アクセス制限と分類表示
営業秘密に該当する文書やファイルには「Confidential(社外秘)」など明確に表示し、アクセス権限を制限します。
-
ITセキュリティの整備
情報の暗号化、ログイン履歴の記録、USB接続の制限などを行い、社内ネットワークを強化します。
-
教育とルール化
従業員に対して定期的に研修を行い、「これは持ち出してはいけない情報である」という共通認識を持たせます。
法的対応とリスク
営業秘密の侵害が発覚した場合、民事訴訟による損害賠償請求や、場合によっては刑事訴追も可能です。ただし、実際に勝訴するには「秘密であること」と「それが漏洩された事実」を証明しなければならず、日頃の管理体制が勝敗を分けます。
インドネシアでの模倣・侵害リスクとその対処法
想定される侵害行為
-
商標の先取り登録(悪意ある出願)
-
ブランド名やロゴの模倣
-
製品・包装・デザインの模倣
-
ドメイン名のなりすまし登録
-
ソフトウェアやマニュアルの違法コピー
-
SNSやマーケットプレイスでの海賊商品販売
これらのリスクは、外国企業・大企業に限らず、中小企業でも起こり得ます。特にEC市場が活性化しているインドネシアでは、オンライン上の模倣品被害も増加傾向にあります。
被害を受けた場合の対処ステップ
-
証拠収集
スクリーンショット、購入記録、販売者情報などを整理し、第三者に説明できる形で記録します。
-
専門家へ相談
知財に強い現地の弁護士や知財代理人に相談し、対応方針を固めます。
-
警告書の送付
侵害者に対して内容証明郵便などで正式な抗議文書を送付。多くの場合、この時点での交渉が最も効果的です。
-
訴訟の提起
民事訴訟では、損害賠償請求や差止命令を求めることができます。商標に関する案件であれば、専門の商業裁判所(Pengadilan Niaga)で扱われます。
-
刑事告訴
故意に著作権や商標を侵害した場合には、刑事罰が科される可能性もあります。警察に告訴状を提出して、刑事手続きを進めることも可能です。
-
税関による輸出入差止
自社の商標や著作権を税関に登録しておけば、侵害品が輸出入される際に自動的に差し止め措置がとられます。大量の模倣品を事前に水際で食い止めるには有効な手段です。
インドネシア政府の対応状況
近年、インドネシア政府は知的財産の保護に対して非常に積極的な姿勢を取っています。主な施策としては:
-
商標・著作権のオンライン出願の迅速化(最短10分で登録完了)
-
中小企業向けの出願費用の大幅割引
-
税関と連携した模倣品の摘発強化
-
地方自治体との連携による啓発イベントやセミナーの実施
-
「One Village One Brand」政策による地域ブランド支援
これらの動きは、外国企業にとってもビジネスを行いやすくする環境整備につながっています。
まとめ
インドネシア進出において、商標や知的財産の保護は避けて通れない重要な戦略要素です。
という視点で、自社のブランド・アイデア・資産を守っていくことが重要です。
インドネシアは世界第4位の人口を持つ巨大市場であり、その可能性を最大限活かすには、リスクへの備えも万全にしておく必要があります。法制度は整備されつつあり、政府の姿勢も好意的であることから、適切に対応すれば、知的財産の保護と活用は十分に可能です。
自社の知財を守ることは、自社の未来を守ることでもあります。この記事が、インドネシアでのビジネス成功に向けた第一歩となることを願っています。
インドネシアでのビジネスなら創業10周年のTimedoor
システム開発、IT教育事業、日本語教育および人材送り出し事業、進出支援事業
お問い合わせはこちら

Timedoor CEO 徳永 裕の紹介はこちら
本記事で使用した用語の解説
知的財産(IP)
知的財産とは、頭脳や創造的活動から生まれた財産のこと。主に商標、特許、著作権、営業秘密などが該当します。
商標(Merek)
企業の名前、ロゴ、商品名、サービス名など、商品やサービスを他と区別するためのマーク。インドネシアでは先願主義に基づき、先に登録した者に権利が与えられます。
特許(Paten)
技術的な発明やアイデアを一定期間独占的に使用・実施できる権利。新規性・進歩性・産業上の利用可能性が要件です。
簡易特許(Paten Sederhana)
比較的簡単な技術改良や小発明を保護する制度。通常の特許より審査が早く、保護期間は最長10年です。
著作権(Hak Cipta)
創作された文章、画像、音楽、映像、ソフトウェアなどを保護する権利。創作と同時に自動的に発生します。
著作権記録(Pencatatan Ciptaan)
著作権の発生を公的に証明するためにDJKIに届け出る制度。権利を明確にして訴訟や交渉時の証拠とするために活用されます。
営業秘密(Rahasia Dagang)
企業が公開せずに管理している技術情報やビジネス上の機密情報。登録制度はなく、社内の管理措置が保護の要件です。
DJKI(Direktorat Jenderal Kekayaan Intelektual)
インドネシア法務人権省の下にある知的財産総局。商標や特許、著作権などの申請・審査・登録業務を担う機関です。
先願主義
商標や特許などの権利を「最初に出願した者」が取得する原則。日本でも採用されています。
異議申し立て(Opposition)
商標出願後の公告期間中に第三者が「その商標は無効だ」と主張して意見を申し立てること。
年金(Annual Fee)
特許の権利を維持するために毎年支払う維持費。期限内に支払わないと権利が失効します。
FAQ(よくある質問)
Q1. インドネシアで商標登録するにはどれくらいの時間がかかりますか?
A. 商標出願から登録完了までは、通常6か月から12か月ほどかかります。公告期間や審査の状況により前後します。
Q2. 日本で取得した商標はインドネシアでも自動的に保護されますか?
A. いいえ。インドネシアは独自の商標登録制度を持っており、日本での登録は効力を持ちません。現地での個別出願が必要です。
Q3. インドネシアで著作権の登録は義務ですか?
A. 著作権は創作と同時に自動的に発生しますが、訴訟や侵害対策に備えるためにDJKIへの著作権記録をしておくことが推奨されます。
Q4. 営業秘密はどうすれば守れますか?
A. 情報へのアクセス制限、秘密保持契約(NDA)、データの暗号化、従業員教育など、日常的な管理措置が必須です。
Q5. インドネシアで模倣品に対処するにはどうすればよいですか?
A. まずは証拠を収集し、専門家に相談してください。内容証明による警告書の送付、民事訴訟、税関による差止申請、場合によっては刑事告訴も可能です。
Q6. 知的財産関連の手続きはオンラインでできますか?
A. はい。商標、特許、著作権いずれもオンラインポータルを通じて申請可能です。ただし、外国企業は現地代理人を通す必要があります。