ナフダトゥル・ウラマ(Nahdlatul Ulama, NU)は、インドネシア最大のイスラム教スンニ派の宗教団体であり、世界最大級のイスラム組織の一つです。1926年に設立され、インドネシアのイスラム社会において重要な役割を果たしてきました。本記事ではインドネシア社会の中で非常に大きな影響力のあるイスラム教徒その最大の団体であるNU(ナフダトゥル・ウラマ)について詳しく解説します。
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項目
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内容
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正式名称
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Nahdlatul Ulama(ナフダトゥル・ウラマ)
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設立年
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1926年
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創設者
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ハシム・アシャリ(Hasyim Asy’ari)
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本部所在地
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インドネシア・ジャカルタ
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信徒数
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約9,000万人以上(推定)
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宗派
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イスラム教スンニ派(シャーフィイー学派)
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思想・理念
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伝統的イスラム(アフラル・スンナ・ワル・ジャマーア/ASWAJA)、寛容なイスラム観
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主な活動
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宗教指導、教育、社会福祉、政治、経済活動
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NU(ナフダトゥル・ウラマ)の歴史と創立ストーリー
1. 設立の背景(19世紀末〜1926年)
インドネシアのイスラム社会と植民地支配
ナフダトゥル・ウラマ(以下、NU)が設立される以前、インドネシアはオランダの植民地支配下にあり、イスラム教のあり方にも大きな影響を受けていました。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、インドネシアのイスラム社会では以下のような課題が浮上していました。
- イスラム改革運動の台頭
- ムハマディヤ(Muhammadiyah, 1912年創立)などの近代主義的なイスラム運動が現れ、イスラム教の純粋化(サラフィズム)を推進。
- 伝統的なイスラム教育機関であるペサントレン(Pesantren)のあり方が批判され、対立が生まれる。
- オランダ植民地政府の影響
- 宗教教育の制限、イスラム指導者(ウラマ)の政治活動抑圧。
- イスラム教の影響を抑えようとする政策(教育の近代化と西洋化)。
- メッカ留学と宗教的変革
- インドネシアのイスラム学者たちはメッカへ留学し、宗教的知識を深める。
- その一方で、メッカから帰国した学者たちは、アラビア半島のサラフィズム(イスラム純化運動)を持ち帰る者と、伝統を重視する者に分かれる。
こうした状況の中で、伝統的なイスラムを守りながら、社会の変化に適応しようとする動きが生まれました。その中心人物がハシム・アシャリ(Hasyim Asy’ari)でした。
2. NUの創設(1926年)
創設者:ハシム・アシャリ
- ハシム・アシャリ(Hasyim Asy’ari, 1871-1947)は、東ジャワの著名なウラマであり、ペサントレン(イスラム寄宿学校)の指導者。
- メッカでの学びを経て、インドネシアに帰国後、「伝統的なイスラムの価値を守る」ことを決意。
- 近代主義のムハマディヤとは異なり、シャーフィイー学派に基づく伝統的イスラムを重視。
ナフダトゥル・ウラマ(NU)の設立
- 1926年1月31日、ハシム・アシャリを中心としたイスラム学者たちがNUを設立。
- 「ナフダトゥル・ウラマ(Nahdlatul Ulama)」はアラビア語で「ウラマ(宗教学者)の覚醒」を意味する。
- 設立の目的:
- 伝統的なイスラム(シャーフィイー学派)を守る
- ペサントレン(イスラム寄宿学校)の教育を発展させる
- オランダ植民地政府の影響に対抗する
- イスラム社会の発展に貢献する
- ムハマディヤの近代主義に対抗する
このように、NUは「伝統的なイスラム」と「社会改革」を両立させる目的で誕生しました。
3. インドネシア独立戦争(1945-1949)での役割
- 1942年に日本軍がオランダを追放し、インドネシアを占領。
- 1945年8月17日、スカルノがインドネシア独立を宣言。
- NUはインドネシア独立戦争(1945-1949)に積極的に関与し、独立支持を表明。
- 1945年10月22日、ハシム・アシャリは「ジハードのファトワ」を発布し、イスラム信徒に対して独立のために戦うことを奨励(これが現在の「英雄の日(Hari Santri)」の由来)。
- その後、NUの指導者たちは政府の宗教政策にも関与し、宗教省の設立に貢献。
4. 政治との関わり(1950年代〜1998年)
独自政党の設立(1952年)
- 1952年、NUは独自の政党「Partai NU(NU党)」を結成。
- 1955年のインドネシア初の総選挙で第3党となり、国会で影響力を持つように。
- しかし、スカルノ大統領の「指導される民主主義」政策(1959年~)の影響で、政治の自由が制限。
スハルト政権下での政治的困難(1965-1998)
- 1965年、スハルトによる共産党粛清が発生。NUの一部メンバーも共産党員とみなされ、影響を受ける。
- 1973年、スハルト政権の指示でNUの政党はイスラム統一政党「PPP(Partai Persatuan Pembangunan)」に統合。
- 1984年、NUは正式に政治活動を放棄し、宗教・教育・社会福祉活動に専念する方針を発表。
5. 民主化後のNU(1998年~現在)
アブドゥルラフマン・ワヒド(Gus Dur)の時代
- 1999年、NUの指導者であったアブドゥルラフマン・ワヒド(通称:Gus Dur)がインドネシア大統領に就任。
- しかし、2001年に国会の弾劾により失職。
- その後も、NUは政府と良好な関係を維持しながら、宗教対話、教育改革、社会福祉活動を展開。
現在の活動
- 教育・福祉活動の拡大(数千のペサントレン運営)
- 過激派イスラムへの対抗(宗教間対話の推進)
- ハラル経済への関与(イスラム経済の発展)
- デジタル化と若者への影響力強化(SNS活用)

NU(ナフダトゥル・ウラマ)がインドネシア社会に与える影響
ナフダトゥル・ウラマ(Nahdlatul Ulama, NU)は、インドネシア最大のイスラム組織であり、宗教、教育、政治、経済、社会福祉などの幅広い分野で影響力を持っています。以下、それぞれの側面からNUがインドネシア社会に与える影響を解説します。
1. 宗教的影響:寛容なイスラムの普及
NUの最も大きな影響の一つは、インドネシアのイスラム社会に「寛容なイスラム観」を定着させたことです。
- 「アフラル・スンナ・ワル・ジャマーア(ASWAJA)」の理念
- NUは、イスラムの伝統的な教義(スンニ派シャーフィイー学派)を尊重しつつ、現代社会の変化に適応する柔軟なアプローチをとっています。
- 宗教的多様性を受け入れる立場を取り、過激なイスラム思想に反対してきました。
- 宗教間対話の推進
- NUは、キリスト教、ヒンドゥー教、仏教など他宗教との対話を積極的に推進。
- 宗教的寛容の精神を広め、インドネシアが多宗教国家として安定する要因となっています。
- 過激主義への対抗
- 近年のイスラム過激派の台頭に対し、NUは「ヒューマニタリアン・イスラム(Humanitarian Islam)」を掲げ、過激思想に対抗。
- テロ防止やラディカル化防止政策にも積極的に関与しています。
2. 教育分野への影響
NUはインドネシア国内の教育システムに大きな影響を与えています。
- 全国に数千のペサントレン(イスラム寄宿学校)を運営
- NU系のペサントレンは、約1万以上存在し、何百万人もの学生が学んでいます。
- イスラム教の学問だけでなく、科学、数学、英語、経済など幅広いカリキュラムを導入。
- 国の教育政策への影響
- NUの影響力は、インドネシア政府の教育政策にも及んでいます。
- 例えば、宗教教育の充実や、NUの教育モデルを公教育に反映させる取り組みが進められています。
- 教育の近代化と国際化
- 近年は、デジタル教育の導入や、外国の教育機関との連携も進めています。
- 特に女子教育の促進にも積極的で、イスラムの伝統を守りつつも、近代教育を取り入れています。
3. 政治への影響
NUは歴史的にインドネシアの政治に深く関与しており、その影響力は現在も続いています。
- 政府との緊密な関係
- NUはスカルノ政権、スハルト政権、ジョコウィ政権など、歴代政権と良好な関係を維持。
- 2019年のジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領の選挙戦では、NU系の支持が大きな役割を果たしました。
- NU出身の大統領(アブドゥルラフマン・ワヒド)
- 1999年、NUの指導者だったアブドゥルラフマン・ワヒド(Gus Dur)がインドネシア大統領に就任。
- 彼は宗教の自由を推進し、イスラム以外の宗教への平等な扱いを強調しました。
- 国会・閣僚レベルでの影響
- NU出身の政治家が国会議員や閣僚として政府に参加。
- 宗教省や教育省などの重要なポストをNU関係者が担うことが多い。
- 「政治と宗教の分離」の維持
- NUは、宗教と政治を完全に統合することには慎重で、イスラム国家化には反対の立場。
- イスラム法(シャリア)の厳格な適用を求める強硬派と一線を画している。
4. 経済への影響
NUは宗教団体としてだけでなく、経済的にもインドネシア社会に大きな影響を与えています。
- ハラル経済の推進
- NUは、イスラム経済の発展に貢献し、ハラル食品産業やイスラム金融の発展を支援。
- インドネシア政府のハラル認証制度にも関与し、ビジネス環境の整備に貢献。
- マイクロファイナンスと中小企業支援
- NUは、低所得者層向けのマイクロファイナンスプログラムを推進し、小規模ビジネスの育成を支援。
- イスラム経済の枠組みで、貧困層への金融支援を提供。
- 土地改革・農業支援
- NUは農業改革にも関与し、農村部の開発プロジェクトを多数実施。
- 特に農村部の貧困削減や持続可能な農業支援に注力。
5. 社会福祉への影響
NUはインドネシアの社会福祉の向上にも貢献しています。
- 災害支援
- インドネシアは地震や津波が頻発する国であり、NUは災害支援団体としても活躍。
- 被災者への食糧支援、仮設住宅の提供、医療サービスの提供などを実施。
- 貧困層向け医療・福祉サービス
- NU系の病院や診療所が多く存在し、貧困層向けの医療サービスを提供。
- 難民支援や孤児院の運営にも力を入れている。
- ジェンダー平等と女性の権利
- イスラム社会の中で、NUは比較的女性の権利向上を重視。
- 女性の宗教指導者(ウラマ)を育成するプログラムも実施している。
NU(ナフダトゥル・ウラマ)のセンシティブな面
1. 政治との関わりと内部対立
NUは、インドネシアの政治に深く関与してきましたが、その過程で内部対立が生じることもありました。 特に、指導部内での意見の相違や権力闘争が組織の統一性に影響を及ぼすことがありました。
2. 他のイスラム組織との関係
インドネシアには、NUの他にもムハマディヤなどの大規模なイスラム組織が存在します。 これらの組織間での教義や活動方針の違いから、時折緊張関係が生じることがありました。
3. 宗教的多様性と過激主義への対応
NUは、宗教的寛容と多様性を尊重する立場を取っていますが、国内外の過激主義的な動きに対して、どのように対応すべきかが議論となることがありました。 特に、過激派組織の台頭に対する対応策や、政府との協力関係が注目されました。
まとめ
ナフダトゥル・ウラマ(NU)は、インドネシア最大のイスラム組織であり、宗教、教育、政治、経済、社会福祉など多方面で大きな影響を及ぼしています。1926年の創設以来、伝統的なイスラムの価値を守りつつ、現代社会の変化にも適応してきました。特に、「寛容なイスラム」を推進し、宗教間対話や教育の発展、社会福祉活動に力を入れています。さらに、政府や政治にも影響を持ち、歴代政権との関係を維持しながらインドネシアの安定に貢献しています。
経済的な側面では、ハラル経済の推進やマイクロファイナンスによる貧困層支援も行い、インドネシア社会の発展に寄与しています。ただし、内部対立や他のイスラム組織との関係、過激派への対応など、さまざまな課題にも直面しており、その動向は今後も注目されるでしょう。
本記事で使用した単語の解説
- ナフダトゥル・ウラマ(Nahdlatul Ulama, NU)
インドネシア最大のイスラム教スンニ派組織。伝統的なイスラム(シャーフィイー学派)を守り、社会・政治にも影響力を持つ。
- ウラマ(Ulama)
イスラム教の宗教学者や指導者のこと。NUの名称にも含まれ、「宗教学者の覚醒」という意味を持つ。
- ペサントレン(Pesantren)
イスラム寄宿学校のこと。NUは多くのペサントレンを運営し、宗教と一般教育を提供している。
- ムハマディヤ(Muhammadiyah)
1912年に設立されたインドネシアのイスラム団体。NUとは異なり、近代主義的なイスラムを推進する。
- スンニ派(Sunni)
イスラム教の最大宗派。NUはその中でもシャーフィイー学派に属する。
- アフラル・スンナ・ワル・ジャマーア(ASWAJA)
NUが掲げる「寛容なイスラム」の理念。宗教的な多様性を尊重し、過激主義を排除する。
- ジハードのファトワ(Fatwa Jihad)
1945年にハシム・アシャリが出した、インドネシア独立戦争におけるイスラム信徒の戦いを正当化する宗教的布告。
- ハラル経済(Halal Economy)
イスラム法(シャリア)に基づいた経済活動。NUはハラル認証やイスラム金融に関与し、産業の発展を支援している。
- ヒューマニタリアン・イスラム(Humanitarian Islam)
NUが提唱する、平和的かつ人道的なイスラムの概念。過激主義に対抗し、宗教間の対話を促進する。
- アブドゥルラフマン・ワヒド(Gus Dur)
NU出身のインドネシア大統領(1999-2001)。宗教の自由を推進し、多様性を重視した政策を展開。
FAQ(よくある質問)
Q1. ナフダトゥル・ウラマ(NU)はどのような組織ですか?
A. NUは、インドネシア最大のイスラム団体であり、宗教教育、社会福祉、政治、経済など幅広い分野に影響を持つ組織です。1926年に設立され、伝統的なイスラムの価値を守りながら、多様性を重視する立場をとっています。
Q2. NUとムハマディヤの違いは何ですか?
A. NUは、伝統的なイスラム(シャーフィイー学派)を守りつつ、地域文化を重視する傾向があります。一方、ムハマディヤは近代主義的なイスラムを推進し、宗教の純化を目指しています。
Q3. NUは政治に関与していますか?
A. 直接的な政党活動はしていませんが、多くのNU出身者が政府の要職に就いています。また、歴代政権と良好な関係を築き、政策にも影響を与えています。
Q4. NUはどのような教育活動を行っていますか?
A. NUは、全国に数千のペサントレン(イスラム寄宿学校)を運営し、宗教教育だけでなく一般教育も提供しています。また、政府の教育政策にも関与し、イスラム教育の強化に貢献しています。
Q5. NUの経済的な影響力とは?
A. NUはハラル産業やイスラム金融に関与し、ハラル認証制度の確立や中小企業支援を行っています。また、貧困層向けのマイクロファイナンスを提供し、社会経済の安定に貢献しています。
Q6. NUは過激派組織とどのように向き合っていますか?
A. NUは「ヒューマニタリアン・イスラム」という理念を掲げ、過激主義に反対しています。また、宗教指導者や政府と連携し、テロ防止やラディカル化防止の取り組みを進めています。
Q7. NUは女性の権利をどのように考えていますか?
A. NUは比較的女性の権利向上に積極的で、女性の宗教指導者(ウラマ)の育成にも力を入れています。また、女子教育の推進や社会進出の支援を行っています。
Q8. NUの今後の展望は?
A. 今後もインドネシアの宗教・政治・経済に影響を与え続けると考えられます。特に、デジタル化、教育改革、宗教間対話の促進が重要なテーマとなるでしょう。
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