インドネシアは、人口2.7~3億人に迫る巨大マーケットを抱えつつ、教育水準や学力格差に関する課題にも直面しています。こうした環境の中で、KUMON(公文式/公文教育研究会) はインドネシアでも大きな存在感を示しています。
「日本発の教育方式がインドネシアでどのように受け入れられ、事業展開されているか」は、インドネシア進出企業や在留日本人家族にとっても、興味と示唆に富むテーマです。本稿では、KUMONの基本的な理念と仕組みから、インドネシアでの導入・拡張戦略、事業モデル上の留意点などについて解説します。
KUMONとは何か — 日本の“公文方式”の背景と理念

公文式・KUMONの起源
- 公文式(KUMON)は、1950年代に日本で数学教師であった 公文 公(Toru Kumon) 氏が、自身の子どもの理解力を伸ばすために設計した補助教材型学習法に起源を持ちます。
- 当初は算数(数学)を対象とした独学型学習を志向し、徐々に言語(国語、英語など)にも拡大していきました。
- 今日、KUMONは世界60か国以上で事業展開し、グローバルな教育ブランドとなっています。
KUMON方式の基本構造と教育理念
KUMONの教育方式は、以下のような特色を持っています:
特徴
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内容
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個別最適化
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各学習者を最適なレベルから始めさせ、「ちょうどよい難しさ(just-right)」を保つ
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漸進ステップ
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小さなステップで徐々に難易度を上げ、前の知識を定着させながら進行
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自力学習重視
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例題・ヒントを提示しつつ、生徒自身が考えて演習を解く
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日課習慣化
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毎日ある程度のワークをこなすルーチンを通じて学習習慣を培う
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講師のサポート
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進捗観察や適切なヒント・励ましを通じて個別支援
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これらの要素により、「学力の底上げ」「学年を超えた学び」「自立型学習力の育成」などが期待されます。
インドネシアにおけるKUMON導入の経緯と現状

KUMONのインドネシア進出の歴史的流れ
- KUMONが海外展開を始めたのは1970年代以降で、日本以外の国々に学習センターを設立する流れが進みました。
- インドネシアでは、2000年に公式な拠点が設置されたことが、進出のひとつの節目とされています。
- ただし、“インドネシア語(現地語)向けのプログラム”を本格稼働させたのは比較的最近の動きであり、現在は数学・英語・バハサ・インドネシア語(母語)を併設する体制になっています。
インドネシアにおけるKUMONの提供範囲とプログラム
インドネシアのKUMONは、概ね以下のような科目や対象を提供しています:
- 数学(Math):基礎〜中級〜進学レベルまで。算数や代数、分数、微積分を視野に入れた構成。
- 英語(English / EFL):母語話者向けではなく、外国語として英語を学ぶプログラムが設置。
- バハサ・インドネシア語(母語語学):比較的新しく設定されたプログラムで、現地の読解・作文力を伸ばす支援を行っています。
- 小筆・筆記技能(Penmanship):文字を書く基礎を鍛えるプログラムをオプションで併設するケースもあります。
また、最近では「Program Coba Gratis(無料体験プログラム)」を全国800以上の支部で実施し、2週間(4回)分の授業を無料で体験できるキャンペーンが運用されています。これにより保護者・生徒双方が方法論を理解・評価できる機会を提供しています。
現状の普及状況と拠点数
- インドネシア全土で800を超える支部でこの無料体験プログラムが展開されており、かなり広範なネットワークが構築されています。
- KUMONの公式サイトでも、国内各地でのフランチャイズ(加盟教室募集)情報が示されており、教室拡大が引き続き進行中であることがうかがえます。
- 教育需要が高まりつつある都市圏(ジャカルタ、スラバヤ、バンドン、デンパサール、メダンなど)を中心に進出が加速していると考えられます。
なぜインドネシアでKUMONが受け入れられたのか — 強みと成功要因

KUMONがインドネシアで成功しつつある背景には、教育市場・学力格差・政策的要因・ビジネスモデルの噛み合いが影響しています。主な成功要因をいくつか整理します。
教育ニーズと学力ギャップの現実
- 国際学力調査(PISA 2022 など)によれば、インドネシアの生徒の数学・読解力は先進国と比較して低めに位置する傾向が確認されています。
- 都市部と地方部、富裕層と低所得層の間で教育機会の格差が存在しており、補習・塾需要が根強い。
- 公教育だけでは十分にカバーしきれない補強型学習への期待が、親世代・保護者に根強く存在する。
こうした背景が、補習塾・学習補助サービス(バイリンガル教育、英語教育、塾ネットワークなど)の成長土壌を創出しています。
個別最適化と自己学習力育成という差別化
- 多くの補習塾は「集団クラス」「講義型授業」が中心である中、KUMON方式は「個別最適化」「生徒主体」「自己学習」の強みを持っています。
- 子どもが自分のペースで進める方式は、学校の進度から遅れた子や逆に先取りしたい子の両方を包み込む可能性を持ちます。
- 自力で学ぶ力を育てる方式は、保護者から見て「長期的教育投資」として魅力があります。
フランチャイズ方式と現地協力体制
- KUMON自体は本部方式(日本本部 → 各国展開)を採るものの、実施教室(インストラクター/支部)は現地オーナーまたは加盟者が運営するフランチャイズ(または教室契約形態)を基本としています。
- 地元事情を知るローカルオーナーを活用することで、地域適応性・マーケティング力が担保されやすくなる。
- 本部は教材設計、品質管理、指導研修を担い、加盟側は運営・募集・現地対応を担うという分担型体制が機能しています。
マーケティングおよび導入施策
- 無料体験制度(Program Coba Gratis)を全国規模で実施し、親子が実際にKUMONの進め方を体験できる形にして、導入の障壁を下げる戦略が採られています。
- テスト・プレースメント方式によって、無理のないスタート地点を示すことで「無理させられる補習塾」という印象を和らげる工夫。
- SNS(Instagram、Facebook)やフランチャイズ募集情報を通じた広報活動も活発です。
- 教育質を“見える化”する:進度・成績推移を保護者に公開し、子どもの成長を共に確認できる仕組みを採ることで信頼醸成。
文化的・社会的適応
- インドネシアは非常に多様な言語・文化・宗教を抱える国ですが、「子どもの教育向上」には普遍的な価値があるため、教育ブランドの受容性が高い。
- KUMONは“宗教色”や“政治色”を前面には出さず、中立的かつ学習主義的な姿勢を保っている点も受け入れやすさを後押しする。
- 加えて、英語教育やバイリンガル化への関心が強まっているインドネシアにおいて、英語を補助科目に含む戦略も追い風となっています。
これらの要因の組み合わせにより、KUMONはインドネシアにおいて単なる日本流塾の“一つ”ではなく、教育方式としての地位を確立しつつあります。
ビジネスモデル面から見る留意点とリスク要因

インドネシアでKUMON方式を採用・拡張するにあたって、経営的・制度的・実務的な観点から注意すべき点がいくつもあります。これらは日系企業や教室オーナーが成功するための鍵にもなります。
フランチャイズ契約とロイヤルティ体系
- 加盟教室には、本部に支払うロイヤルティ(教材使用料、ブランド利用料、指導研修料など)が発生します。その金額・支払方式が教室採算を左右します。
- 本部と教室オーナー間で、利益分配・教材更新・研修義務などの契約条件を慎重に設定する必要があります。
- ローカル物価・賃料水準、講師人件費差などを考慮して、ロイヤルティ設定の柔軟性や段階方式を持たせることも検討すべきです。
教室設置コストと立地・施設選定
- インドネシアでは都市部では土地・賃料が極めて高騰しており、教室立地選定が収益性を左右します。商業施設、学童施設近く、交通アクセスが良好な場所が有利。
- 安価な教室運営に向けて、複数校舎を併設、または教室時間帯を重複運用するなどの工夫も必要です。
- 設備や内装など初期投資を抑えるコスト設計、耐久性を考慮した施設管理も重要。
人材育成と講師確保
- KUMON方式を理解・実践できる質の高いインストラクター(教室運営者含む)を確保し、研修・モニタリングする体制を整える必要があります。
- 特に地方拠点では、学習指導力・モチベーション・継続性の面で人材流動性が高くなりやすいため、待遇設計・育成プログラム強化が鍵。
- 指導研修だけでなく、モチベーション管理・キャリアアップ制度の設計も検討すべきです。
文化・言語適応とカスタマイズ
- 日本発の教材をそのまま導入するだけでは、言語的・文化的ミスマッチが生じる可能性があります。現地語訳・文化調整(題材・問題設定など)のローカライズが必須。
- 宗教的配慮(例えば、イスラム教多数地域では曜日・時間・祝祭日調整)や生活文化との整合性を配慮すべき。
- 教育カリキュラム・学制制度(インドネシアの小中高校制度、試験制度)を理解し、それに連動させた進度設計を行う必要があります。
価格設定とペイライン
- インドネシアでは所得水準が地域間・階層間で大きく異なるため、価格弾力性を慎重に見極める必要があります。高価格すぎれば普及を阻む。
- 地方では購買力が落ちるため、割引制度・分割支払い制度・サブスクリプション型モデルなど柔軟な価格戦略を設けるとよい。
- 無料体験導入施策は効果的ですが、体験者を正規会員化できるかどうか、継続率・脱落率が経営的試金石となります。
競合・模倣のリスク
- インドネシアにおける補習市場は競合が激しく、他の補習塾、学習アプリ、オンライン教材サービスとの競争が熾烈です。
- 特にオンライン教育・EdTechプラットフォーム(国内・国際企業)の台頭が著しく、KUMONもそれらとの競争を意識する必要があります。
- 模倣・コピー形式の競合(“KUMON似教材”や「地元補習塾方式」)が出現する可能性もあり、ブランド保護および差別性維持が求められます。
マーケティングと生徒確保
- 親世代への認知・信用獲得が初期導入では課題となるため、口コミ・体験・紹介制度・成功事例開示を重視すべきです。
- SNS・デジタル広告・SEO、地域コミュニティ(PTA、学校連携)などを通じたマーケティング戦略が求められます。
- 生徒維持(継続率)と転校・退会対策(モチベーション維持、教材変化性、チャレンジ要素設計など)が重要です。
これらのリスク・留意点を踏まえたうえで、適切なローカル戦略と本部支援体制を組むことが、インドネシアでのKUMON成功の前提となります。
ケーススタディと最新施策

無料体験(Program Coba Gratis)の展開と効果
KUMONインドネシアは全国800以上の教室でProgram Coba Gratis(無料体験プログラム) を実施しています。このプログラムは、2週間・4回分の授業を無料で体験できるというもので、科目は数学・英語・インドネシア語に対応しています。
この取り組みの狙いは、以下のように整理できます:
- 親子が実際のKUMON方式を体験
・教材構成、進め方、講師対応などを実際に体験できる。
・「良さを理解していないから入会できない」という障壁を低くする。
- 教室の認知・宣伝機会の創出
・地域教室に足を運ぶ契機を作り、ローカル認知が広がる。
・体験後のフォローアップ営業を通じて会員化につなげる。
- 信頼構築と成長実感の提供
・短期間での変化を見せ、生徒・保護者に成果を感じてもらうことで、継続性の意思を育てる。
このようなトライアル制度は、特に教育サービスでの初動の敷居を下げ、潜在顧客を取り込む有効な戦略として評価できるでしょう。
地方展開・ローカル対応の工夫
公式情報からは明確な地方ごとの成功事例まで詳細には出ていませんが、以下のような工夫がなされていると推察されます:
- 地方では学習塾そのものが少ない地域もあるため、KUMON導入は“差別化”要素として目立ちやすく、強みとなり得る。
- 地元語対応やローカル教材(例題・題材に地域要素を入れる)、地域イベントとの連携による認知拡充。
- 移動教室・モバイル型KUMON(巡回型支部)や学校連携型教室の設置可能性も模索され得る。
- 収益モデルとして、一定の規模までに至るまで複数教室統合運営、スタッフ配置を合理化する方式が採られている可能性。
オンライン併用・ハイブリッド型展開の可能性
近年、教育分野ではオンライン教材・リモート学習の普及が加速しています。KUMONも、紙媒体のワークブック+対面教室運営を主軸にしつつ、以下のようなハイブリッド展開を進める可能性があります:
- ハイブリッド学習方式:紙ワーク+オンライン補助説明動画や解答解説、遠隔フォローアップ。
- KUMON CONNECT のようなデジタル進捗管理ツールを活用し、生徒・保護者・講師が進捗を共有・可視化する。
- オンライン教室/バーチャル教室 を補助的に運用し、遠隔地や地方部の需要を取り込む。
- 補助教材アプリ やインタラクティブ教材の導入による学習補強。
これにより拡張性を高め、教室密度が低い地域でもサービス提供可能性を拡げる戦略が取れるでしょう。
まとめ
インドネシアは人口規模が大きく、教育分野においても急速な成長が見込まれる国です。その中で、日本発の教育方式であるKUMON(公文式学習法)は、都市部から地方に至るまで広がりを見せています。
KUMONの特徴である個別最適化、自立学習の習慣づけ、そして継続的な成長実感は、インドネシアにおける学力格差や教育ニーズに合致し、多くの家庭から支持を得ています。さらに、フランチャイズモデルを基盤にした現地協力体制や、無料体験プログラムなどの戦略も成功を後押ししています。
ただし、競合の台頭や模倣リスク、地域ごとの所得格差など課題も多く存在します。今後はオンライン教育との融合や地方展開の工夫が鍵となり、教育市場全体の質的向上とともにKUMONのさらなる発展が期待されます。
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本記事で使用した単語の解説
KUMON(公文式学習法)
1950年代に日本で誕生した教育メソッド。小さなステップで学習を積み重ね、子どもが自分の力で問題を解決する力を育てる。世界60か国以上で展開中。
個別最適化
学習者一人ひとりのレベルや理解度に合わせて教材や課題を調整する仕組み。KUMONの最大の特徴の一つ。
自立学習
教師から一方的に教えられるのではなく、自分で考えながら解決する学習方法。KUMONでは日々の積み重ねを通してこの力を養う。
フランチャイズ
本部がブランドや教材を提供し、現地のオーナーが教室を運営する仕組み。KUMONはこの方式でインドネシア全土に拡大している。
Program Coba Gratis(プログラム・チョバ・グラティス)
インドネシア語で「無料体験プログラム」を意味する。KUMONインドネシアが定期的に実施しているキャンペーンで、保護者や子どもに実際の学習法を体験してもらう制度。
バハサ・インドネシア語
インドネシアの公用語。KUMONでは母語の学習プログラムとしても導入されている。
PISA(Programme for International Student Assessment)
OECDが実施する国際学力調査。読解力、数学、科学リテラシーを対象に各国の学力を比較する。インドネシアの結果は改善傾向にあるが、依然として課題が多いとされる。
FAQ
Q1. インドネシアでKUMONはどのくらい普及していますか?
A1. 全国で800を超える教室が展開されており、主要都市を中心に広がっています。さらにフランチャイズ方式で新規開設も進んでいます。
Q2. インドネシアのKUMONではどんな科目が学べますか?
A2. 数学、英語、バハサ・インドネシア語、筆記技能などが用意されています。特に数学と英語は需要が高い科目です。
Q3. 無料体験プログラムはどのような内容ですか?
A3. 約2週間・4回分の授業を無料で体験できます。子ども自身が教材を使って学ぶだけでなく、保護者も進め方を確認できる点が特徴です。
Q4. 日本のKUMONとインドネシアのKUMONに違いはありますか?
A4. 基本理念は同じですが、インドネシアでは現地語対応や文化に合わせた調整が行われています。宗教行事や生活習慣にも配慮した運営が特徴です。
Q5. 今後のインドネシアでの展開の可能性は?
A5. オンライン教育との融合や地方展開の強化が注目されます。また、教育市場の拡大により、KUMONは引き続き成長余地の大きい事業分野と考えられます。