
4月 4, 2025 • インドネシア
4月 15, 2025 • インドネシア • by Erika Okada
目次
日本生まれの讃岐うどんチェーン「丸亀製麺」は、インドネシアで目覚ましい成功を収めています。2013年にジャカルタで1号店を開いてから約10年で100店舗を達成し、今やインドネシア各地に店舗網を広げる人気ブランドとなりました。しかもその出店地域はジャワ島だけに留まらず、バリ島・スマトラ島・カリマンタン島・スラウェシ島と主要な島々に進出しています。海外展開する9カ国の中でもインドネシアの店舗数は突出しており、海外全体の4割近くが同国に集中するほどです。日本国内のみならず、海外でもこれほど急速に店舗を増やした日系外食チェーンは極めて珍しく、その秘訣に多くの関心が寄せられています。当初は「インドネシア人はうどんを好まないのではないか」との声もあったものの、インドネシアには麺料理が広く浸透し親日的な土壌もあることから挑戦が決断されました。また、約2億8,000万もの人口規模と経済成長による中間層の台頭で外食産業が拡大していたインドネシア市場は、同社にとって極めて魅力的な挑戦の場でもありました。
本記事では、丸亀製麺がインドネシア市場で成功した理由を、現地での取り組みや戦略に焦点を当てて解説します。日本や欧米のビジネス読者でインドネシア事情に詳しくない方にもわかりやすいよう、背景となるインドネシアの文化や市場環境も交えながら、ポイントごとに整理していきます。
インドネシアで成功する鍵は「現地化」への徹底した取り組みでした。丸亀製麺は「日本のやり方をそのまま持ち込む」のではなく、インドネシアの文化・宗教・食習慣に合わせて柔軟に事業をカスタマイズしています。このローカライズ戦略により、日本発のブランドでありながら現地の人々に親しまれる存在となりました。
まず大前提として、ハラル(イスラム法で許された食品)への対応があります。インドネシアは世界最大のイスラム教国であり、国民の約87%がムスリムです。そのため、飲食業においては豚やアルコールを避け、認証を取得するなどハラル対応が不可欠です。丸亀製麺も例外ではなく、現地展開にあたり早期からハラル認証を取得しました。例えば、日本で使われる出汁や調味料に豚由来成分が含まれる場合は使用を避け、各店舗で鶏ガラからスープをとるなどの工夫を行っています。2015年にはインドネシア当局から正式にハラル認定レストラン事業者として認められ、ムスリムの顧客も安心して利用できる体制を整えました。
こうした宗教的配慮は単なる形式ではなく、マーケティングにも活かされています。インドネシアの消費者に「安全・安心」を訴求するため、丸亀製麺インドネシアの公式Instagramではプロフィール欄にハラル認証取得済みであることを明示しています。異文化の料理でも、ハラルであれば安心して試すことができるため、この情報発信が集客に効果を発揮しました。また、一部の大型店舗では敷地内に礼拝室(ムスラ)を設置するなど、ムスリムが多い国ならではのサービスも導入し、宗教文化への細かな配慮を欠かしません。
次に、インドネシアの食文化や嗜好に合わせた適応についてです。インドネシアでは元々米と麺が主食として親しまれ、多様な麺料理が日常食となっています。例えば小麦麺の「ミーゴレン(炒麺)」や「バクミー(汁そば)」、米粉麺の「クエティアオ」など、日本のうどんに近い食感やジャンルの料理も豊富です。そのため、「太くてもっちりした日本のうどん」は一見異なるようでいて、麺文化に馴染みのある現地の人々には受け入れやすい土壌がありました。
もっとも、全く同じ味付けや提供方法で受け入れられるとは限りません。丸亀製麺は基本の「うどん文化」は伝えつつも、現地人の好みに合わせてアレンジを加えています。たとえば麺そのものにも調整があり、日本ではコシの強い歯ごたえが好まれますが、インドネシアでは喉ごしの良さが重視される傾向があります。そのため、現地では麺をやや軟らかめ・細めに仕上げ、長さも日本標準の60cmから45cm程度に短くすることで食べやすくしました。
また、インドネシア料理といえば「辛味」を抜きには語れません。唐辛子やスパイスを効かせた味付けが広く愛好されています。そこで丸亀製麺では、日本でおなじみのネギ・生姜・天かすのセルフトッピングに加えて、刻んだ生唐辛子を自由に取れる薬味として提供しました。テーブルに置かれた赤唐辛子は、多くのインドネシア人にとって馴染みの光景です。うどんにも好みで辛味を足せる仕組みにしたことで、「自分の味」にカスタマイズしやすくなり評判を呼びました。
飲食店の成功には、料理の味だけでなく店舗での体験も重要です。丸亀製麺はインドネシアでの店舗デザインやサービス面でも現地のニーズを取り入れてきました。
まず、店内の雰囲気づくりです。インドネシアで日本食レストランというと高級で高価なイメージがありました。そこで丸亀製麺は当初、「日本の伝統」を感じさせつつも上質で洗練された空間を演出することで、新参のうどん店に信頼感を持ってもらおうと工夫しました。具体的には、注文カウンター上部に黒い瓦屋根風の装飾を施し、壁面には日本の伝統文様や桜のモチーフをあしらうなど、日本らしさと高級感を演出しています。また、間接照明を用いたシックなグレー調の内装を採用し、「ファストフード」というより落ち着いた和食店のような雰囲気を醸し出しました。
しかし、こうした空間づくりは堅苦しさにつながらないよう配慮されています。インドネシアの若者層にもリーチするため、店舗デザインは徐々に明るくカジュアルな方向へ進化してきました。実際に開店後、顧客の声を取り入れてレイアウトや色調を改善し、現在では開放的で清潔感のあるインテリアとなっています。背景には、SNS映えを意識する若い世代に「写真を撮りたい」と思ってもらえる店づくりを目指したことがあります。事実、丸亀製麺インドネシアは「インスタ映えする和食店」として認識されるようになり、お洒落な店内写真がSNSで拡散されることが宣伝効果を生んでいます。
さらにサービス面でも、日本式のライブ感を持ち込んだ点が現地の心を掴みました。店内で職人が大鍋でうどんを茹で上げ、オープンキッチン越しに提供される様子は、インドネシアでは新鮮な体験でした。できたて熱々の麺をその場で盛り付けるライブ調理は「見て楽しい」「出来立てで安心」と好評を博し、丸亀製麺の差別化ポイントとなっています。このように、日本発の良さ(ライブ調理・衛生的なオープンキッチン)と現地の好み(明るい雰囲気・フォトジェニックな空間)を融合させた店舗体験を提供したことが、固定客の獲得につながりました。
ローカライズ戦略の中でも特に顕著なのが、メニューの現地対応です。丸亀製麺インドネシアのメニューを見ると、日本国内の丸亀製麺とはかなり異なるラインナップが並んでいます。これは現地法人が積極的に商品開発を行い、インドネシア人の舌に合うメニュー構成を追求してきた結果です。
インドネシアで丸亀製麺に行った日本人は、まずメニューの違いに驚くと言われます。日本で定番の「かけうどん」や「きつねうどん」は影が薄く、代わりにビーフ系やスパイシー系のうどんが主役となっているからです。実際、一番人気は「牛肉うどん」で、甘辛く煮た牛肉のトッピングが乗ったものです。これに続くのが「ビーフカレーうどん」や「チキンカツカレーうどん」など、肉とカレーを組み合わせたガッツリ系のメニューです。いずれも日本にはないオリジナルメニューですが、牛肉やカレーといったインドネシア人に馴染みのある味を取り入れたことで好評を得ました。
さらにユニークなのが、「シーフードトマトうどん」や「ビーフカルボナーラうどん」といった洋風アレンジのうどんです。トマトベースの酸味や、カルボナーラソースのコクは、パスタ文化もある現地では抵抗なく受け入れられています。日本人から見ると「これはうどんと呼べるのか?」と思うような斬新な組み合わせですが、現地の嗜好に合わせて大胆にメニューを開発する柔軟性こそが成功の一因です。
一方で、うどん本来の良さもきちんと提供しています。看板商品の釜揚げうどんやぶっかけうどんなど、シンプルなメニューもメニュー表には並んでいます。ただし、味付けは現地向けに微調整されており、例えば出汁の風味や醤油の甘辛さなど、日本の標準から少し現地好みに寄せていると言います。全体として、「基本のうどんは提供しつつも、人気の中心はローカル寄りの味」というメニュー戦略が功を奏しました。
丸亀製麺の魅力の一つである天ぷらやおむすび等のサイドメニューにも、現地オリジナルの工夫が凝らされています。インドネシアの丸亀製麺では、日本と同様に天ぷら類をセルフで選べる形式ですが、そのラインナップや味付けが一味違います。
最も人気の天ぷらは日本と同じく海老天ですが、2番目に人気なのはインドネシア独自の「のり天(海苔の天ぷら)」です。ただの海苔天ではなく、上からチリパウダーやマヨネーズで味付けがされており、ピリ辛で癖になるスナック感覚のおかずになっています。このように「揚げ物好きのインドネシア人」に合わせ、揚げ物メニューを豊富に用意している点も特徴です。日本では見かけない半熟卵の天ぷら(半熟卵を丸ごと揚げてチリソースをかけたもの)なども提供され、来店客は麺と一緒に複数の天ぷらをトレーに載せて会計するのが定番となっています。実際、日本の店舗に比べて一人当たりが購入するサイドメニュー数が多く、その分客単価も上がっているという指摘もあります。これは、現地の食文化に合わせて「おかず」を充実させた戦略が利益にもつながっている好例でしょう。
また、インドネシア店舗ではデザート類も扱っています。たとえば日本にはないプリンやゼリーといった甘味がレジ横に用意され、食後のデザートまでワンストップで楽しめるよう工夫されています。甘いもの好きな国民性を捉え、ファストフードチェーン的な完結型のメニュー構成を整えたことで、「丸亀に行けば主食からデザートまで揃う」という利便性も提供しています。
さらに興味深いのが、「Bento」スタイルのメニュー導入です。日本の丸亀製麺にはありませんが、インドネシアではうどんに加えてご飯物とのセットメニューも提供しています。例えば「Bento C」と呼ばれるセットは、カレーうどんと焼肉丼ぶりがセットになったようなボリューム満点の内容で、若者や男性客に人気です。一見炭水化物×炭水化物の組み合わせですが、日本の味付けをベースにしつつピリ辛のエッセンスも加えたカレーと甘辛い焼肉が絶妙にマッチし、「手軽なのに大満足」と評判です。
このようなセットメニューは、ランチタイムなどに手軽さと満足感を両立する狙いで開発されました。インドネシアでは昼食をしっかり食べる習慣があり、麺だけよりご飯も食べたいというニーズがあります。そこで、うどん+ミニ丼や唐揚げ+ご飯などの定食スタイルを導入し、単品に比べお得感のある価格設定で販売したところ、働くビジネスパーソンや学生を中心にヒットしました。結果として、「うどん専門店」から一歩踏み出し、和風の総合定食レストラン的なポジションも獲得することにつながっています。
以上のように、丸亀製麺インドネシアはメニュー開発において現地の自由度を大いに認め、次々と新商品を投入してきました。日本本社は品質管理や基本コンセプトの範囲内で現地チームに裁量を与えており、実際の商品開発はインドネシア人スタッフが主体となっています。その成果が、「鶏白湯うどん」のようなムスリム向けメニューや、インドネシアの伝統料理にヒントを得た「鶏オポールうどん」などのローカル発イノベーションです。定番メニューの安定供給と新商品の投入をバランス良く行うことで、飽きられることなくリピーターを増やし続けています。なお、全店舗で調理手順やレシピを統一し、味のブレを極力なくす努力も欠かしません。いつどの店舗に行っても『いつもの美味しさ』が楽しめる安定感が、顧客の信頼を支える重要な要素となっています。
現地に根付くには、良い商品を揃えるだけでなく、それを効果的に認知させるマーケティングが不可欠です。丸亀製麺インドネシアは、デジタル時代のトレンドに合わせた販促やブランディング戦略を展開し、ブランド浸透を図ってきました。
インドネシアはFacebookやInstagramといったSNSの利用率が非常に高い国として知られます。特に若年層を中心に日常的にSNSが情報源となっているため、丸亀製麺も公式SNSアカウントを駆使した発信を行っています。先述の通りハラル認証のアピールもその一環ですが、それ以外にも期間限定メニューの紹介、キャンペーン情報、さらにはフォロワーとの双方向コミュニケーションを積極的に行ってきました。
Instagramでは、写真映えするメニュー画像や店舗の雰囲気を伝える投稿に加え、ストーリーズ機能でクイズやアンケートを実施してユーザーとのエンゲージメントを高めています。また、Instagramのプロフィールには「料理を注文」ボタンを設置し、タップするとすぐにデリバリーサービス「GoFood」の注文ページへ遷移できる仕掛けを導入しました。GoFood(Gojekのフードデリバリー)やGrabFoodといったオンデマンド配達アプリは、インドネシアで都市部を中心に爆発的に普及しています。丸亀製麺はこうした外部プラットフォームと連携することで、SNS閲覧中のユーザーをスムーズに購買につなげ、オンライン注文の利便性を訴求しました。
さらに、ローカルのインフルエンサーを起用したプロモーションも展開しています。例えばInstagramやYouTubeで人気のフードブロガーに店舗訪問や試食を依頼し、そのレビュー動画や投稿を拡散するといった手法です。インドネシアではインフルエンサーの影響力が大きく、特に若者層へのブランド認知には絶大な効果があります。丸亀製麺は現地のマーケティング担当チーム(後述しますが10年間ブランド育成に尽力した現地スタッフがいたほどです)によって、SNS広告やインフルエンサー施策を巧みに組み合わせ、「安くて美味しい日本のうどん屋さん」というポジティブなイメージを広めることに成功しました。
オフラインでも、顧客の心を掴むプロモーションを行っています。たとえば新店オープン時には先着◯名に記念品プレゼントや割引クーポン配布といった集客策を打ち、開店直後から行列を作ることでSNS話題化を狙いました。また、毎年の記念日や節目には特別キャンペーンを実施しています。2023年10月に100店舗到達を迎えた際には、「Hemat Berdua 100K」(2人で100,000ルピアお得セット)という記念セットメニューを期間限定で販売しました。人気メニューの肉うどんやチキンカツカレーうどんを含む2人前セットを割安価格で提供し、多くの顧客が友人や家族と訪れてこのプロモを利用しました。こうした節目ごとのお得企画は、既存ファンの来店動機になるだけでなく、「なんだか盛り上がっているから行ってみよう」という新規客の興味も喚起する効果があります。
季節イベントへの対応も見逃せません。インドネシアにはラマダン(断食月)やレバラン(断食明け大祭)といったイスラム行事がありますが、この時期には夜間の外食需要が高まります。丸亀製麺ではラマダン中の夕刻に合わせた「ブカプアサ(断食明けの食事)セット」を用意したり、大人数でシェアしやすいメニュー組み合わせを提案したりして、イスラム行事に即したサービスを展開しました。また、クリスマスや独立記念日といった祝祭にも、限定メニュー(クリスマス限定天ぷら盛り合わせ等)や店内装飾で季節感を演出し、家族連れで楽しめるムード作りを大切にしています。これらの取り組みが奏功し、「イベント時には丸亀で食事しよう」というリピーター顧客の習慣化も生まれています。
マーケティング全般を貫く軸として、丸亀製麺は「本格的だけど親しみやすい」というブランドコンセプトを現地で確立しました。日本から来た本物のうどん、という品質の高さをアピールしつつ、それが決して高嶺の花ではなく日常的に楽しめるカジュアルなものだと伝えるバランスです。このコンセプトは、広告やメディア露出のメッセージにも表れています。
現地メディアの取材では、丸亀製麺インドネシアの代表が「我々は日本発のカジュアルレストランとして、健康的で美味しいうどんを日常的に提供していきたい」と語っています。実際に素材へのこだわり(保存料を使わない自然素材、店内での手打ち調理)といった品質ストーリーも情報発信し、「美味しくて体にも良い」というイメージづくりをしています。一方で、店舗展開や価格戦略によって「手頃で身近」な存在にもしているため、ブランドメッセージに一貫性が生まれました。「高品質=高価格」ではなく「高品質=お手頃価格で提供する努力」という姿勢が、多くの国民に支持される理由となっています。
さらに、家族客への訴求もブランド戦略上重要なテーマでした。インドネシアでは家族で外食する機会が多く、ファミリー層の支持はチェーン店成功の鍵です。丸亀製麺は店内に長机や多数の椅子を配置し、大人数でも座れるレイアウトにしたり、お子様向けにマイルドな味のメニュー(唐揚げや出汁の効いたお子様うどん)を用意したりすることで「家族みんなで行ける店」を目指しました。「家族連れ歓迎」の姿勢はマーケティングメッセージにも折に触れて盛り込まれ、結果的に「家族で行きたい日本食レストラン」というポジションを確立することに成功したのです。
いかに美味しい料理や魅力的な空間を提供しても、価格が見合わなければ継続的な集客は望めません。丸亀製麺はインドネシア市場で、巧みな価格設定により「コストパフォーマンスの高い日本食」の地位を築きました。現地の所得水準や競合状況を分析し、高品質×手頃な価格を両立させた戦略について見ていきます。
インドネシアにおける日本食レストランは、しばしば高級路線でした。寿司や焼肉、しゃぶしゃぶなど、多くの日系飲食店は富裕層や駐在員向けに高価格帯で展開されてきた歴史があります。また、ローカルの食堂や屋台料理に比べれば清潔な環境や輸入素材を売りにする以上、価格差が生じるのも当然でした。そのため一般のインドネシア人にとって「日本料理=高い」というイメージが定着していたのです。
丸亀製麺はこの常識を覆しました。「日本の本格うどんを、ファストフード並みの価格で提供する」という大胆な戦略です。実際、丸亀製麺の価格帯は1杯あたり30,000〜50,000ルピア(約300〜500円)程度に設定されており、現地のショッピングモール内の外食としては中価格帯ですが、日本食として見ると非常に手頃です。牛丼チェーンやハンバーガーショップと同等か、少し高い程度の価格設定に抑えたことで、中間層にも十分手が届くようになりました。
この「安さ」は単なるディスカウントではなく、「価値のわりに安い」という高コスパ戦略です。店内製麺のライブ感や丁寧に揚げた天ぷら、日本直伝の出汁の香りなど、品質面では妥協せず本格を追求しています。それにも関わらず価格は抑えめで、「このクオリティでこの価格は嬉しい」と多くの来店客に驚きをもって受け止められました。「日本食は高いから…」と敬遠していた層にもリーチし、一度食べて納得した客がリピーターになる好循環を生み出したのです。
では、なぜ丸亀製麺は高品質を維持しながら価格を低く抑えられたのでしょうか。その背景には、徹底したコスト管理と現地調達の工夫があります。
第一に、丸亀製麺のビジネスモデルとしてセントラルキッチン(中央工場)を持たない点が挙げられます。多くの外食チェーンは食材を一括生産・加工する工場を設けますが、丸亀製麺は各店舗に製麺機と大型の釜を設置し、現場で麺を打って茹でています。このやり方は日本国内でも同じですが、海外展開においても工場建設などの初期投資を必要としないため、低リスクかつ低コストで出店を増やせる強みとなりました。つまり、新規出店の際に莫大な設備投資をしなくても良く、その分を価格に転嫁しなくて済んでいるのです。
第二に、可能な限り現地で原材料を調達していることが挙げられます。インドネシアは小麦粉や食用油、鶏肉、野菜など多くの食材が国内で入手可能です。丸亀製麺は現地パートナーが製粉会社という強みも活かし、うどんの主原料である小麦粉を始めとした主要食材をインドネシア国内から調達しています。輸入に頼るのは日本の風味が必要なごく一部の素材(昆布や鰹節、海苔など)に留め、その他は現地品質で代替しました。これにより為替レート変動のリスクを低減し、安定したコストで食材を確保することができています。また、輸送コストや関税も削減できるため、その分を価格に反映して安価に提供できるのです。
第三に、スケールメリットの追求も重要です。丸亀製麺は2023年時点でインドネシア国内100店舗を超えましたが、店舗数が増えるほど一括仕入れによる単価交渉力が強まります。例えば食材の大量仕入れで価格交渉を有利に進めたり、物流網を効率化して1店舗あたりの配送コストを下げたりと、大手チェーンならではの経済効果が出てきます。これも結果的に価格競争力を高める要因となりました。後発でありながら急速に多店舗展開をしたことが功を奏し、今ではスケールメリットでローカルの個人店や小規模チェーンでは太刀打ちできないコスト優位性を確立しています。
価格戦略を語る上で触れておきたいのは、現地競合との住み分けです。インドネシアの外食市場には様々な価格帯の選択肢があります。屋台やワルン(大衆食堂)なら一食1〜2ドル程度、ファストフードチェーンなら3〜5ドル程度、ファミリーレストランやカフェで5〜10ドル、日本食高級店だと20ドル以上、といった具合です。丸亀製麺が勝負したのはファストフード〜ファミレスの中間層で、ここには現地の人気フライドチキンチェーンや中華系チェーンなどもひしめいています。
単純に安さを追求するなら更に下の層も攻められますが、丸亀製麺は品質と価格のバランスを大事にしました。極端に安価なストリートフードと張り合えば品質を落とさざるを得ず、「安かろう悪かろう」の店になってしまいます。それではせっかくの日本発ブランドの意味がなくなります。そこであえて最低価格帯には踏み込まず、適正な価値に見合った価格を維持することで、顧客の信頼を獲得しました。「ここのうどんなら多少高くても満足できる」という評判が広がったため、値下げ合戦に巻き込まれることなく安定した利益率を確保できているのです。
また、価格面ではセットメニューやプロモーションを巧みに活用することで、お得感も演出しています。先述したようなペアセット割引や期間限定の値引きサービスなどを適時行い、「いつも手頃な上に、タイミング次第でさらにお得」という印象を与えました。これらの施策は値引きによる短期集客と同時に、長期的なブランドロイヤルティ向上にも寄与しています。顧客は「丸亀製麺は頑張って価格を抑えてくれている」という好意的な見方をし、多少の価格改定(物価上昇時の値上げ等)があっても支持を続ける下地ができているのです。
最後に、人材面・組織面の戦略について触れます。丸亀製麺インドネシアの成功には、現地で実際に運営を担うスタッフやパートナー企業の力が大きく寄与しています。日本本社との協働体制や、現地スタッフの採用・育成、リーダーシップに関する取り組みを見ていきましょう。
丸亀製麺がインドネシア進出を決めた際、鍵となったのが現地パートナー企業の選定でした。海外展開においては、現地市場を熟知したパートナーを得ることでリスクを減らし成功確率を高める手法があります。丸亀製麺運営元のトリドール社はこれを重視し、単なるフランチャイズ加盟店ではなく「ローカルバディ」と称する戦略的パートナーを世界各地で模索しました。インドネシアでは、その相手として大手製粉会社のスリボガ・ラトゥラヤ(Sriboga Raturaya)グループを選び、共同出資でPT. Sriboga Marugame Indonesia(PT SMI)という合弁会社を2013年に設立しました。
スリボガ社は小麦粉の製造販売で国内有数の企業であると同時に、Pizza Hutのフランチャイズ展開を200店舗以上手がけた実績も持っています。つまり、食品の供給面と多店舗運営ノウハウの両面で丸亀製麺を支える能力があったのです。このパートナーシップにより、丸亀製麺は現地で安定した小麦粉の調達が可能となり、さらに全国規模の出店ネットワーク構築にも協力を得られました。初期投資や運営ノウハウのハードルが下がったことで、インドネシアへの進出はスムーズに軌道に乗っています。
両社の協力関係は単なるビジネス上の利害に留まらず、理念やビジョンの共有にまで踏み込んでいる点も見逃せません。トリドール社は「感動を与える食の体験を世界中に広げる」というビジョンを掲げていますが、この理念にスリボガ社側も共感し、長期的視点でブランド育成に取り組む姿勢を見せています。実際、10年で100店舗を超えるまでの成長を支えた陰には、両社間の緊密な連携と信頼関係がありました。週次・月次での経営ミーティングや、定期的なトップ同士の意見交換などを通じて、日本本社と現地法人が二人三脚で戦略を実行してきたことが伺えます。
店舗オペレーションの主役は何といっても現地スタッフです。丸亀製麺インドネシアでは、店長から調理スタッフ、接客スタッフに至るまで大部分をインドネシア人が占めています。進出当初は日本からのトレーナーや数名の日本人管理者が派遣されましたが、彼らは黒子的役割に徹し、早期に現地社員へ権限移譲を進めました。その結果、現在では各店舗の運営は現地マネージャーが自律的に行い、日本人は全体統括の数名程度という体制になっています。
採用に関しては、サービス業経験者や日本食に興味がある若者を積極的に採り、社内トレーニングでうどん打ちや天ぷら調理、日本式のおもてなしを教え込みました。研修では衛生管理や挨拶・笑顔の接客など、日本クオリティのサービス標準を叩き込んだといいます。一方で、スタッフが主体性を発揮できるよう現地語での意見提案や改善活動も奨励されました。これにより、現場から「○○県ではこの味が好まれる」「この時間帯はこうしたオペレーションが効率的」といったフィードバックが上がり、メニュー改良やサービス改善に活かされています。現地の声を尊重し反映する社風が、従業員のモチベーションを高め、結果的に顧客満足にもつながっているのです。
丸亀製麺インドネシアで10年間マーケティングを担当したローカルスタッフが「ブランドを無名から有名に育て上げ」た功績を称えられているエピソードもあります。これは、優秀な現地人材に重要ポジションを任せ、その働きを正当に評価する企業文化が根付いていることを示唆します。実際、商品開発チームのリーダーやエリアマネージャーなど、中核の役職にインドネシア人を据えることで、現地市場での感度やスピード感を維持することができました。日本人駐在管理者が細部まで指示するのではなく、現場を信頼して任せることで、社員のエンゲージメントも高まっています。
現地組織のトップには、日本側から派遣された近藤肇CEOが長年就任していました。近藤氏はトリドール社で海外事業を統括してきた人物で、インドネシア進出時から代表として現地に乗り込みました。彼の役割は、日本本社のビジョンと現地オペレーションを橋渡しし、必要なリソースを確保しつつ現地チームが最大限力を発揮できる環境を作ることでした。
近藤氏自身、インドネシアの文化や宗教への深い理解を示し、現地スタッフとの信頼関係構築に努めました。時には自ら現地語を学び、スタッフの家族行事に参加するなどの姿勢も見せたと伝えられています。また、ムスリムが多い組織を率いるにあたり、自身の生活様式にも配慮を見せ、宗教的慣習への敬意を示していたとも言われます。こうしたリーダーシップの在り方が、トップダウンではなく共感型の組織運営を可能にし、社員からの信頼を集める要因となりました。
日々の経営判断においても、日本とインドネシアの感覚の違いを埋める存在として機能したようです。例えば、日本本社が求める品質基準やブランドイメージと、現地での実情とのギャップを調整し、どこまでローカライズするかの匙加減を判断するのは現地CEOの腕の見せ所でした。近藤氏は「現地で成功するには徹底した現地化しかない」という信念のもと、必要な決断を下してきました。結果的に、それが吉と出て丸亀製麺はインドネシアで大成功を収めましたが、裏を返せば極端な自前主義や本社主導を捨てたことが勝因と言えるでしょう。ライバルであった「はなまるうどん」が海外展開で苦戦し撤退したのとは対照的に、丸亀製麺が現地主導でビーフやチキン、カレーのメニューを増やし柔軟に変化したことが明暗を分けたのです。
残念ながら近藤氏は2024年に5年間のがんとの闘病の末に亡くなられました。近藤氏の最後のメッセージがとても印象的ですので、こちらに掲載させていただきます。
インドネシアの国を愛して、うどんという日本の文化を人生を賭けて広げた近藤氏に最大限の敬意を表すと共にご冥福をお祈りいたします。
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丸亀製麺がインドネシアで大成功を収めた理由は、単に「日本食の提供」にとどまらず、現地市場の文化・宗教・食習慣・消費傾向に徹底的に適応した点にあります。ハラル対応や味のローカライズ、空間デザインの工夫に加え、インフルエンサー活用やSNS施策による巧みなマーケティングも功を奏しました。
また、現地パートナーとの連携と、インドネシア人スタッフを中心に据えた組織運営により「現地主導」のビジネスモデルを構築。故・近藤肇CEOのリーダーシップと柔軟な経営判断が、現地市場での信頼とブランドロイヤリティの確立を支えました。
丸亀製麺の事例は、異文化市場における日系企業の成功モデルとして、多くの企業にとって学びの宝庫と言えるでしょう。
インドネシアでのビジネスなら創業10周年のTimedoor
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本記事で使用した用語の解説
よくある質問(FAQ)
Q1. なぜ丸亀製麺はインドネシアでここまで成功したのですか?
A1. ハラル対応、味の調整、現地パートナーとの協力、SNSマーケティング、店舗体験の工夫など、あらゆる面でインドネシア市場に適応したからです。
Q2. 日本とインドネシアの丸亀製麺のメニューは同じですか?
A2. いいえ、インドネシアでは辛味やボリューム感を重視した牛肉・カレー系のメニューが主力で、日本とはかなり異なる独自メニューが開発されています。
Q3. ハラル認証はなぜ重要なのですか?
A3. インドネシアは世界最大のイスラム教国であり、飲食店の信頼獲得にはハラル認証が不可欠です。これにより安心して利用できると判断され、集客につながります。
Q4. なぜ「日本食=高い」というイメージを覆せたのですか?
A4. 店舗調理によるコスト削減、現地食材の活用、スケールメリットによって高品質を保ちながら低価格を実現したためです。
Q5. 近藤肇氏の役割は何だったのですか?
A5. トリドール社からインドネシアに派遣され、現地CEOとして戦略と実行を統括。現地文化への理解と柔軟な現地化戦略を徹底し、10年間で100店舗展開を実現しました。
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