インドネシアに進出を検討している経営者やマネージャーにとって、現地のキャッシュレス決済事情の理解は極めて重要です。とくに注目すべきは、全国共通のQRコード決済システム「QRIS(Quick Response Code Indonesian Standard)」です。本記事では、QRIS(キューリス)の概要と仕組み、導入メリットと課題、最新動向と将来性について網羅的に解説します。
1. QRISとは何か:インドネシアの統一QRコード決済規格
1-1. 背景と目的
QRISは2019年にインドネシア中央銀行(BI)が導入した統一規格です。それまで乱立していた決済事業者ごとのQRコードを一本化し、ユーザーと加盟店の利便性向上、キャッシュレス促進、中小事業者支援を目的としています。複数のコードを掲示していた従来の仕組みでは、店舗も消費者も混乱する場面が多く、特に中小規模の事業者には不利な状況でした。QRISによってこの煩雑さが一掃され、決済の統一化・標準化が実現されました。
1-2. 導入の流れ
QRISは、ASPI(インドネシア決済協会)と連携して制定されました。
2020年初頭からすべてのQRコード決済にQRIS準拠が義務化されました。
PSP(Payment Service Provider)に登録することで誰でも発行可能です。 導入の際には、PSPの審査を経て店舗の登録が行われます。登録が完了すると、QRコードが発行され、顧客に向けて支払い用として使用可能になります。大規模なシステム連携は必要なく、スマートフォンと印刷されたQRコードがあれば、即日運用を開始できる点も普及の要因の一つです。
1-3. 対応アプリ例
OVO、GoPay、DANA、LinkAja、ShopeePayなどの電子ウォレット
BCA、Mandiri、BNIなどの銀行アプリ
国際対応を目指し、ASEAN各国との相互連携も進行中です これらのアプリの多くは、日常的に使われている配車アプリやEコマースとも連携しており、生活に密着したインフラの一部として活用されています。QRISを通じて、ユーザーは自分の使い慣れたアプリで、どこでもシームレスに支払いができるようになっています。
2. QRIS導入のメリットとユースケース
2-1. 中小事業者への恩恵
POS不要で導入費用がほぼゼロ
現金の扱いが不要になり盗難リスク軽減
非接触決済による衛生的な支払い体験 特に露天商、フードトラック、小規模な小売店など、資本投資の難しい業態にとっては、QRISは大きな助けとなっています。現金管理が不要になることで、会計の透明性が高まり、資金の流れも把握しやすくなります。また、QRISの利用実績が記録として残ることで、将来的な融資の信用情報にもなりうる点が注目されています。
2-2. 顧客満足と決済スピード
アプリスキャンのみで数秒決済
顧客が好みのアプリで自由に支払える
オンライン販売やデリバリーでも利用可能 近年ではQRコードを通じた「タッチレス」な購買体験が重要視されており、衛生面でも評価されています。たとえば飲食店では、紙のメニューの代わりにQRISを活用したオンライン注文システムと連携する例も見られ、顧客満足度向上とオペレーションの効率化の両立が進んでいます。
2-3. デジタル経済への寄与
トランザクションデータの蓄積が経営改善に寄与
納税・補助金制度との連携による行政支援の受益対象にも 政府はQRIS導入を通じて、インフォーマル経済の可視化も進めています。取引記録が蓄積されることで、事業者の信用評価が可能となり、税務管理の効率化や補助金の的確な分配にもつながっています。これにより、デジタル経済のエコシステム全体が成長しつつあります。
3. QRISの課題と現場での注意点
3-1. 偽QRコード詐欺の増加
一部の事件では、寄付箱や商店に偽のQRコードが貼られる事例も
インドネシア銀行は偽加盟店対策としてブラックリスト制度を導入 消費者が知らぬ間に詐欺グループへ送金してしまうリスクが指摘されています。QRコードは見た目で真偽が分かりにくいため、定期的な監査や認証ラベルの導入が今後の課題です。
3-2. 地方での導入格差
都市部では普及率が高いが、地方や農村ではインフラ不足が障害
中小企業がQRIS運用を理解していないケースも多い 地方の商店ではスマートフォンや安定したインターネット環境の確保が難しいケースもあり、普及率に差が生じています。政府は「インクルーシブ・ファイナンス」の一環として、農村部への啓発活動やインフラ整備を進めています。
3-3. ユーザー教育の不足
高齢層やデジタルリテラシーの低い層は利用に不安
教育・啓発活動は依然として不足している 特に年配層は、QR決済に対する信頼性や使い方への理解が不足しており、現金決済を選ぶ傾向が根強いです。今後は、学校教育やメディアを通じた広報活動による長期的な意識改革が必要です。
4. QRISの現在地と今後の展望
4-1. 普及状況の統計
2024年時点で利用者数は5,200万人以上、加盟店数は3,300万超
毎月のトランザクション数も右肩上がりに推移 QRISの普及は目覚ましく、インドネシアのキャッシュレス比率の上昇に大きく貢献しています。とくにパンデミック以降、人々の非接触志向が高まったことが追い風となり、導入スピードは加速しています。
4-2. 技術進化:QRIS Tapの登場
2025年に導入された「QRIS Tap」によりNFC決済も可能に
より迅速な決済体験と大規模店舗向けの対応力向上 QRコードをスキャンする代わりに、NFCを使ってスマートフォンをタップするだけで支払いが完了する新しい仕組みです。銀行やモバイルアプリとの統合もスムーズで、今後主流になる可能性があります。
4-3. 国際展開の動き
タイ、マレーシア、シンガポールなどと相互接続
ASEAN域内の観光客・ビジネス客の利便性向上 訪日外国人観光客にAlipayやWeChat Payが求められるのと同様に、インドネシアでも観光立国戦略の一環としてQRISの海外連携が重要視されています。クロスボーダー決済のスムーズな展開は、地域統合の促進にも寄与します。
まとめ
QRISは統一QRコード規格として乱立していた決済コードを一本化し、ユーザーと加盟店の利便性を大幅に向上させた。
中小事業者に導入コストゼロで恩恵をもたらし、資金管理の透明性や融資審査の信用情報にもつながる。
消費者側はアプリを選ばず数秒で決済でき、配車アプリやECサイトとも連携することで生活全体をカバー。
課題は偽QRコード詐欺・地方格差・高齢層のデジタルリテラシー。政府と業界による教育・インフラ整備が急務。
QRIS TapやASEAN内の相互接続が進み、NFC対応や越境決済でさらなる利便性と市場拡大が期待される。
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本記事で使用した単語の解説
QRIS(Quick Response Code Indonesian Standard)
インドネシア中央銀行が制定した全国共通のQRコード決済規格。
PSP(Payment Service Provider)
決済サービス提供事業者。QRIS対応コードの発行・管理を行う。
ASPI(Asosiasi Sistem Pembayaran Indonesia)
インドネシア決済協会。QRISの運用ルール策定を中央銀行と共同で担う。
NFC(Near Field Communication)
スマートフォン同士をかざすだけで通信する近距離無線技術。QRIS Tapで採用。
QRIS Tap
2025年導入のNFC版QRIS。QRコード読み取りを不要にし、タップだけで決済が完了する。
インフォーマル経済
税務や法的手続きの外にある非公式経済。QRIS導入で可視化が進む。
インクルーシブ・ファイナンス
低所得層や地方住民も含めた、誰もが金融サービスを利用できる状態を目指す政策概念。
FAQ
Q1. QRISの加盟店登録にかかる費用は?
A1. 通常、PSPへの申請手数料は無料で、印刷したQRコードを掲示するだけで運用を始められます。POS端末も不要です。
Q2. 海外のクレジットカードでQRIS支払いはできる?
A2. 現状はインドネシア国内の銀行口座または電子ウォレットと連携したアプリが中心ですが、ASEAN域内連携により順次対応が拡大中です。
Q3. 偽QRコードを見分ける方法は?
A3. 公式ステッカーや店舗名の表示を確認し、決済時にアプリ上で受取先名が正しいか必ずチェックしてください。
Q4. 手数料は誰が負担する?
A4. 加盟店が負担するMDI(Merchant Discount Rate)は通常0.7%以下と低く設定され、利用者は原則無料です。
Q5. インターネットが不安定な地域でも使える?
A5. 基本的にオンライン通信が必要ですが、オフラインキャッシュやSMS承認型など代替手段を提供するPSPも増えています。
Q6. NFC対応のQRIS Tapは従来版QRISと互換性がある?
A6. はい。QRIS Tapを導入しても従来のQRコードは残り、加盟店は両方式を併用できます。
Q7. 旅行者でも簡単に利用できる?
A7. 観光地では外国人向けにトップアップ可能な電子ウォレットが普及しており、パスポート登録で即日開設できます。