3月 20, 2025 • インドネシア • by Reina Ohno

インドネシアの悲しい現実:貧富の格差・所得格差・都市と地方の格差

インドネシアの悲しい現実:貧富の格差・所得格差・都市と地方の格差

目次

インドネシアは、東南アジアで最大の人口を持ち、経済成長が著しい国として注目を集めています。しかしその一方で、急成長の陰には深刻な「格差」の問題が存在しています。都市と農村の生活水準の差、所得や教育の格差、そして富の集中といった社会的な不平等は、依然として解決にはほど遠い状況です。本記事では、インドネシアにおけるさまざまな格差の実態をデータとともに丁寧に解説し、政府や民間の取り組み、そして今後の展望についても詳しくご紹介します。インドネシアという国を深く理解したい方、社会課題に関心のある方にとって必読の内容です。

 

 

都市と農村の格差:インフラ・雇用・生活水準

都市と農村の格差:インフラ・雇用・生活水準

インフラ整備の進展と地域差

インドネシアでは、都市部と農村部の経済格差が顕著です。特にジャカルタ首都圏など都市部では高層ビルやショッピングモールが立ち並び、道路・電気・通信などのインフラも整っています。一方、地方の農村部では道路舗装率が低く、電力や上下水道の未整備地域も残っており、生活環境に大きな差があります。

例えば、2010年時点で全国の電化率(電気の利用率)はわずか67%でしたが、政府の大規模な農村電化計画により2020年までに約99%まで急速に改善されました。電力網の拡大によって農村にも照明や家電が普及しつつありますが、それでも都市とのインフラ格差は依然大きいのが現状です。

雇用機会の集中と若者の都市流入

雇用機会の面でも、都市と農村の差は歴然としています。都市部には製造業やサービス業の雇用が集中し、求人も多いため若者を中心に農村から都市への人口流入が続いています。

実際、インドネシアでは1990年代半ばには人口の約1/3しか都市に住んでいませんでしたが、急速な都市化により現在では人口の半分以上が都市居住者となりました。農村では農業や林業に従事する人が多く、自給的な小規模農家が多数を占めます。農村部では現金収入を得られる仕事が限られるため、多くの若者にとって都市への出稼ぎが貧困から抜け出す唯一の道とも言われます。

都市と農村の貧困率の違い

生活水準について見ると、公式の貧困率に都市農村格差が表れています。2024年3月時点で全国平均の貧困率は9.03%ですが、その内訳を見ると都市部が7.09%であるのに対し農村部は11.79%と、農村の方が貧困層の割合が高くなっています。

貧困人口数では、都市に約1,164万人、農村に約1,358万人がおり、農村の貧困人口が都市を上回っています。歴史的にも農村の貧困率は都市より高く、1990年代半ばには農村人口の20%以上が貧困線以下でした(都市部は約11%)。アジア通貨危機(1997-98年)の影響で一時期農村貧困率は26%に悪化しましたが、その後の経済回復で再び減少し、現在は農村でも貧困率は12%前後まで下がっています。それでも、農村の方が都市より貧しい傾向は依然として続いており、「地方に行くほど貧困が多い」という構図が見て取れます。

地域間の経済格差と政府の対策

また、地域間格差も指摘されています。インドネシアは17,000以上の島々から成る国ですが、経済活動はジャワ島に著しく集中しています。ジャワ島(特にジャカルタ首都圏)は全国GDPの約60%を生み出しており、投資もジャワ島に偏在してきました。

その結果、ジャワ以外の「外島」と呼ばれる地域では開発が遅れ、東部のパプア州や東ヌサトゥンガラ州などは貧困率が全国平均を大きく上回っています。政府も近年は投資誘致やインフラ開発を地方に促し、ジャワ島外の経済成長センター育成を図っています。

例えば村落予算(Dana Desa)制度では、2015年以降全国の村に直接予算を配分し、道路整備や給水施設の建設など地域インフラ改善と雇用創出に活用しています。これにより農村部の生活環境改善が期待されていますが、格差是正には長期的な取り組みが必要とされています。

 

 

教育格差:地域・階層による教育機会の違い

教育格差:地域・階層による教育機会の違い

都市と地方で異なる就学年数

教育は貧困の連鎖を断ち切り社会階層を上昇する鍵ですが、インドネシアでは地域や所得階層によって教育機会に大きな差があります。

まず地理的な格差として、都市部と地方・離島部の教育水準差が深刻です。極端な例では、パプア州の貧しい子どもは平均わずか6年間(小学校卒業程度)しか学校に通えないのに対し、首都ジャカルタの子どもは平均11年の教育を受けることができます。この差は、小学校から高校までフルに教育を受けられる都会と、義務教育すら途中で中断しがちな地方との違いを物語っています。

また学力面でも差は顕著で、例えば中学卒業試験の平均点はバリ島の学生が80点前後であるのに対し、カリマンタン(ボルネオ島)の一部地域では60点未満にとどまるなど、地域間で大きな開きがあります。離島や山間部では教師の確保が難しく、学校の数も不足しており、子どもが遠方の学校に寮生活で通わねばならないケースもあります。

所得によって変わる進学の可能性

都市内部でも所得階層による教育格差が存在します。富裕層の子弟は質の高い私立校やインターナショナルスクールに通い、家庭教師や学習塾で手厚い受験指導を受けます。一方で低所得層の子どもは公立校に通っても十分な学用品を買えなかったり、家計を助けるために放課後働く必要があったりします。

とりわけ農村の貧困家庭では、中学校卒業後に高校へ進学せず就労するケースが珍しくありません。インドネシア全体では中学から高校への進学率(継続就学率)は87%程度(2020年)に留まっており、約13%の生徒が高校に進めていません。こうした子どもたちは早くから労働市場に出たり、特に女子の場合は10代での結婚に至るケースも指摘されています。

経済的な理由で高校・大学への進学を断念する若者が多く、結果として低学歴のまま低賃金労働に就かざるを得なくなります。それが次世代の貧困に繋がる悪循環が懸念されています。

大学進学率にも表れる格差

高等教育(大学進学)でも格差は顕著です。農村部の大学進学率は都市部の半分以下というデータもあり、地方出身者にとって大学はまだ高嶺の花です。

インドネシアでは大学進学率自体は年々向上していますが、都市の中産階級以上の家庭に集中する傾向があります。低所得層の中には、優秀でも経済的理由で大学進学を諦める学生も少なくありません。

政府や地方自治体は奨学金制度や学費免除枠を拡充し、地方や貧困層の学生の高等教育進学を支援していますが、まだ需要に追いついていないのが実情です。

学習環境の違いが生む教育の質の格差

教育環境の格差も見逃せません。都市の学校は設備が整いICT教育も導入が進む一方、農村の学校では図書館や理科実験設備も乏しく、インターネット環境も不十分です。

また都市部では幼児教育(幼稚園・保育)への参加率が高いのに対し、地方では未就学児教育の機会が限定されています。例えば全国で約17,000の村には未だ幼児教育施設(PAUD)が整備されていないとも報告されています。幼児期からの学習環境の差が、その後の学力格差を広げる一因になっています。

政府による教育格差是正の取り組み

政府もこの教育格差是正に取り組んでおり、2015年以降は「12年教育プログラム」を推進して義務教育相当を高校まで延長する方針を掲げました。

また、公立小中学校の授業料無償化や、就学援助金(スマート・インドネシア・プログラム=PIP)による貧困家庭への学資支援も拡充しています。2021年時点でPIPの対象として1,810万人の学生に支援が行き渡り、2022年には1,790万人を目標としています。

さらに、離島や辺境地域(3T地域)向けのアファーマティブ奨学金も用意され、パプアや離島出身の学生が都市の大学や海外留学に挑戦できる制度も整備されています。

これらの政策により徐々に教育格差の解消が期待されていますが、依然として「生まれた地域・家庭によって受けられる教育が違う」現状は完全には解決されていません。

 

 

所得格差と富の集中:統計データに見る現状

所得格差と富の集中:統計データに見る現状

ジニ係数から見るインドネシアの格差の変遷

インドネシアの所得格差は、数値で見ても大きな課題となっています。その代表的な指標がジニ係数(ジニ指数)です。ジニ係数は0が完全平等、1が完全不平等を意味しますが、インドネシアのジニ係数は1990年代には0.30前後と比較的低く抑えられていました。

しかし民主化後の2000年代に急上昇し平均0.39となり、2010年代も平均0.395と高止まりしました。直近では多少改善傾向があり、2020年代初頭には約0.38程度にやや下がっています。例えば2023年3月時点の全国ジニ係数は0.388、2024年3月時点では0.379となり、わずかながら格差縮小がみられます。それでも1990年代と比べれば格差水準は依然高く、アジアの主要国の中でも中国に次ぐ大幅な悪化を経験しました。

都市と農村における格差の違い

ジニ係数を都市部と農村部で見ると、都市部の不平等の方がより深刻です。2024年9月時点で都市部のジニ係数は0.402と高く、農村部は0.308と相対的に平等です。

農村では住民皆が低所得で所得水準が横並びなため格差が小さく、一方都市では超富裕層からスラムの貧困層まで玉石混交のため格差が大きくなる傾向があります。都市部の上位20%富裕層と下位40%貧困層の格差を見ると、2024年時点で下位40%が消費全体に占める割合はわずか18.4%(都市部では17.4%)に過ぎず、富の大半が一部の層に集中していることが分かります。

都市では、同じ地域内に高級住宅街とスラム街が隣り合わせで存在していることも多く、所得格差がそのまま居住環境に現れています。

富の集中と上位層による支配

さらに一部報告では、富裕層上位1%が国全体の所得の約13%を占めているとの分析もあります。インドネシアでは億万長者が増加し、世界長者番付に名を連ねる富豪も出ています。

その結果、「インドネシアの4人の最富裕層の資産総額が、下位1億人(1億人の最貧困層)の総資産より多い」という極端な富の偏在が指摘されています。これは国際NGOオックスファムによる報告ですが、同団体はインドネシアが「世界で最も富の不平等が進んだ国の一つ」であると警鐘を鳴らしています。

このような富の集中は、経済成長の恩恵がごく一部のエリート層に偏っていることを示唆しています。

雇用構造の二極化と教育の影響

所得格差の背景には、雇用の質と労働市場の二極化があります。インドネシアでは公務員や大企業正社員といったフォーマルセクターに従事する人々は高収入と安定を享受しますが、全就業者の半分以上を占めるインフォーマルセクター(非正規・日雇い・自営業など)の労働者は低賃金かつ社会保障も乏しい状況です。

例えば都市部のオフィスワーカーや工場労働者の月収は数百万ルピアに達する一方、農村の日雇い労働者や都市の屋台商人の収入は月数十万ルピア程度にとどまります。このような労働市場の構造が所得分布の両極化を招いています。

また学歴による収入差も大きく、大卒者の平均収入は高卒者より約2倍近く高いという統計もあります。教育格差がそのまま所得格差に直結しているのです。

ジェンダーによる所得格差

ジェンダー間の格差も存在します。特に低所得層では女性が非正規の不安定労働に集中し、同じ労働でも男性より賃金が低い傾向があります。

例えば家政婦や市場の売り子として働く女性たちは最低賃金以下の収入で長時間労働を強いられがちです。オックスファムは「貧しい市民—特に女性—は低賃金かつ不安定な仕事に従事している」と指摘しています。男女や職業間の賃金格差もまた全体の所得格差を押し広げる一因です。

格差是正に向けた兆し

とはいえ、政府の統計を見ると近年は若干ではありますが所得格差が縮小する兆しもあります。2015年前後に0.40を超えていたジニ係数は、社会保護の拡大や最低賃金引き上げなどの政策効果もあって0.38台まで下がりました。

新型コロナ禍を経て経済が持ち直す中で、「成長の果実をいかに公平に分配するか」が引き続き重要な課題となっています。

 

 

貧困ラインと貧困層の生活実態

貧困ラインと貧困層の生活実態

貧困ラインの水準と計算方法

インドネシア政府(統計庁BPS)は貧困ライン(貧困線)を定め、そこから貧困人口を算出しています。2024年3月時点の公式貧困ラインは1人当たり月額58万2932ルピア(約580,000ルピア)です。この金額は日本円に換算すると約5,000~5,500円(為替レートによる)で、1日あたりわずか180~190円程度に相当します。

極めて低い水準ですが、これは食料と非食料の必要最低限を合わせた金額です。内訳は食品が約43万3906ルピア(全体の74.4%)で、残り25.6%(約14万9026ルピア)が住居・衣服・医療など非食品の必要費用とされています。つまり貧困ライン付近の世帯は収入の大半を食費に費やしており、栄養を摂るのが精一杯という状況です。

平均的な貧困世帯の構成は1世帯あたり約4.78人です。したがって世帯ベースの貧困ラインは月額278万6415ルピア程度となります。この額で家族5人前後が1か月生活するとなると、非常に厳しいことが想像できます。

食料・医療・教育の欠如と栄養不良

貧困層の暮らしぶりとしては、1日2食がやっとで肉や魚は滅多に食べられず、主食の米やキャッサバ、豆類などで空腹をしのぐ家庭もあります。栄養不足の結果、発育不良(低身長症)の子どもが多く、インドネシア全体でも5歳未満児の約21.6%が慢性的栄養不良による発育阻害(スタンティング)の状態にあります。

また、貧困家庭では医療費も負担できないため、病気になっても病院に行けなかったり、学校に通う子どもの学用品や制服も揃えられなかったりするのが現実です。

都市スラムと農村の生活環境

都市の貧困層はスラム(貧民街)に多く住んでいます。ジャカルタなど大都市には鉄道沿いや河川沿い、埋立地などに大規模なスラム居住区が形成され、トタン屋根とベニヤ板のバラックが密集しています。上下水道が未整備で汚れた川水を生活に使い、トイレも共同、電気は不正につないでいる世帯もあります。

こうした環境は衛生状態が悪く、コレラなど疫病のリスクや、火災・洪水など災害時の危険も高いです。

地方の農村部では、伝統的な高床式の木造家屋や竹編みの簡素な住居に暮らす貧困世帯が多く見られます。飲料水は井戸や川から汲み、照明も政府支援のソーラーランプで賄う村もあります。近年電気はほぼ全村に通じたものの、依然として山間部では不安定な電圧しか得られない地域もあるようです。

貧困層の仕事と収入源

貧困層の多くはインフォーマルな職業に従事しています。都市部では日雇い労働者、清掃作業員、露店商人、オートバイタクシー運転手などで、その日稼いだ現金でその日の食料を買う自転車操業の暮らしです。

農村部では自給的な小規模農家が多く、自分の田畑でとれた米や野菜でなんとか飢えをしのぎ、市場で現金収入を得られる作物(コーヒー豆、カカオ、コプラ等)を少量出荷して細々と収入を得ています。土地を持たない農村貧困層は近隣農家の下働きや出稼ぎに出るしかありません。

インフラ格差と生活への影響

インフラへのアクセス格差も貧困層の生活を不便にしています。たとえば上水道の普及率は都市では比較的高いものの、農村では井戸水や雨水利用に頼る世帯が多く、安全な飲料水を得られない家庭もあります。

また道路事情の悪い農村では病院や市場へ行くにも長時間歩かなければならず、子どもの通学も困難です。こうした悪条件が重なり、貧困層はなかなか生産性を上げられず低所得から抜け出せないという側面もあります。

貧困率の推移と希望の兆し

それでも、国家全体として見れば貧困率は大きく改善してきました。1999年には人口の約24%が貧困ライン以下でしたが、経済成長と政府の貧困削減策により2019年には9.2%まで低下しました。

COVID-19パンデミックで一時的に10%以上に逆戻りしましたが、2022年以降再び回復基調にあります。2024年現在、貧困人口は約2,522万人とされています。

依然多くの人々が貧困状態にありますが、その割合は減少傾向にあり、「絶対的貧困」層(1日2ドル以下で生活するような極度の貧困)は全人口の1.5%程度まで低下したとの報告もあります。今後は、この残された最貧困層や都市スラムの住民など、社会から取り残されがちな人々への支援が課題となっています。

 

 

格差是正に向けた政府・NGOの取り組み

格差是正に向けた政府・NGOの取り組み

インドネシア政府の社会保障制度の拡充

インドネシア政府は、貧困削減と格差是正を重要政策と位置付け、様々なプログラムを展開しています。その柱となっているのが社会保障・社会扶助(ソーシャルプロテクション)制度の拡充です。

主要な社会扶助策としてまず挙げられるのが、条件付き現金給付(PKH: Program Keluarga Harapan)です。これは最貧困層の約1000万世帯を対象に、子どもの就学や予防接種など一定の条件を満たすことを前提に定期的に現金を支給する制度です。貧困家庭の教育・医療へのアクセス向上と消費支出の下支えに寄与しています。

同様に教育分野ではスマート・インドネシア・プログラム(PIP)により学用品購入など教育費支援を実施しています。食料支援としては、非現金食料援助(BPNT/プログラム・セムバコ)があり、低所得世帯に米や卵など基本食料を購入できる電子クーポンを毎月提供しています。

さらに、2020年以降は失業者や非正規労働者向けに職業訓練を伴うプレ・就労カード(Kartu Pra Kerja)制度も創設されました。

医療へのアクセス向上:国民健康保険JKNの拡大

国民皆保険を目指した医療保険制度「ジャミナン・ケセハタン・ナショナル(JKN)」も重要な施策です。2014年に統一国民保険としてスタートし、2020年代には人口の90%以上が何らかの形で医療保険に加入しています。

貧困層には保険料を政府が負担することで、無保険による医療アクセスの障壁を下げました。これにより貧困家庭でも公立病院で基礎的な医療サービスを無料または低負担で受けられるようになっています。ただし医療サービスの質や遠隔地での供給には課題も残されています。

インフラ整備と地方支援:村落基金と農村開発

インフラ面では、農村電化計画の他にも、僻地への道路建設やインターネット通信網の整備が進められています。特に2015年開始の村落基金(Dana Desa)は年間数十兆ルピア規模の予算を全国の7万を超える村に直接配分し、各村が優先課題(道路補修、学校建設、保健所整備など)に使えるようにした画期的政策です。

この制度により農村インフラが改善され、ある研究では村落基金が農村の識字率を70.6%向上させたとの結果も報告されています。一方で貧困率への直接効果は限定的(12.7%の削減効果)との分析もあり、インフラだけでなく所得創出につなげる工夫が求められています。

教育格差への対応:BOS制度と奨学金

教育格差是正策としては、学校運営費補助金(BOS)制度があります。これは全国の公立校に対して生徒数に応じた運営費を国庫から配分する制度で、授業料無償化の財源となっています。

また、地方教師派遣プログラム(Guru Garis Depanなど)により、優秀な若手教師を僻地の学校に一定期間派遣して教育の質向上を図る取り組みも行われています。さらに、小中高校生を対象にした奨学金(ビーダイクニア)制度や、大学生向けの高等教育奨学金(ビータミナ、LPDPなど)で成績優秀だが経済的に困難な学生を支援しています。

NGOと市民団体によるきめ細やかな支援

民間やNGOの取り組みも欠かせません。国際NGOは農村開発や教育支援プロジェクトを展開しており、たとえばプラン・インターナショナルやセーブ・ザ・チルドレンは離島部で学校建設や教師研修を行っています。

オックスファムは所得向上のため女性の自助グループを組織し、手工芸品の販路開拓支援などを実施してきました。また国内の草の根NGOも、都市スラムの子どもに学習支援を提供する団体や、貧困地域で無料診療を行う団体などが活動しています。

具体的な成功例として、ジャカルタでは家事労働者(メイド)として働く女性たちが国内労働者ネットワーク(JALA PRT)の支援で夜間学校に通い、高卒資格や職業訓練を受けてキャリアアップを目指す動きがあります。実際に、このネットワークを通じて識字教室や技能訓練に参加し、より条件の良い職に転職できた女性もいます。

こうしたNGOの活動は規模こそ限られますが、最貧困層に寄り添ったきめ細やかな支援として機能しており、政府の大規模制度を補完する役割を果たしています。

 

 

格差がもたらす社会的影響と今後の展望

格差がもたらす社会的影響と今後の展望

社会分断と治安の不安定化

貧富の格差が拡大し続けることは、社会に様々な悪影響を及ぼすと指摘されています。まず懸念されるのは社会の分断と不安定化です。極端な格差は社会的なコヘージョン(凝集性)を損ない、治安悪化や暴動の火種になりかねません。

実際、インドネシアでは1998年の政変期に都市暴動が起きましたが、その背景には経済危機による貧困層の不満がありました。また、所得格差が大きい社会では犯罪率の上昇傾向があることが国際的な研究で示唆されています。生活苦から窃盗や麻薬密売に手を染める若者が増える恐れもあります。

経済成長へのブレーキ

経済面でも、高い格差は持続的成長の妨げになります。世界銀行の研究によれば、「より平等な富の分配を実現している国ほど高い経済成長と安定を達成する」傾向があるとされています。

一部の富裕層に富が集中すると、消費や投資が限定的な層だけに偏り経済の裾野が広がりません。また、貧困層が教育や健康に投資できないことで人的資本が蓄積されず、生産性向上の機会も失われます。オックスファムも「成長の恩恵が行き渡らないことで貧困削減の努力が損なわれ、経済成長にブレーキをかけ、社会の安定を脅かしている」と警告しています。

政治的不安定化と地方の不満

政治的にも、格差が大きいとポピュリズムや分配を巡る対立が激化しやすくなります。富裕層への課税強化や最低賃金引き上げなどがしばしば論争となり、政策の継続性にも影響を与えます。

また、地域間格差があることで中央政府に対する地方の不満が高まり、地方分離主義の動きや自治拡大要求に繋がるリスクも指摘されています。

インドネシア2045と包摂的な成長ビジョン

しかし展望としては、近年インドネシア政府が格差是正に本腰を入れ始めたことは希望と言えます。政府の長期ビジョン「インドネシア2045」では、2045年までにインドネシアを高所得国入りさせるとともに、社会包摂(Social Inclusion)の推進が掲げられています。

具体的には、人的資本への投資を拡大し、社会保障ネットを強固にすることで「誰一人取り残さない成長」を目指す方針です。また、2022年には全国の最低賃金水準を一斉に約8%引き上げるなど、低所得労働者の所得底上げ策も取られました。こうした政策が継続すれば、徐々にではありますが所得分布の改善に寄与するでしょう。

デジタル経済と地方の活性化

今後はデジタル経済やクリエイティブ産業の発展によって新しい雇用が生まれつつあります。オンラインショップやライドシェアリングなどプラットフォーム経済は、中間層のみならず低所得者にも収入機会を提供しています。たとえば、バイクタクシーアプリを通じて地方在住者がサービス提供者となるケースもあります。

政府もスタートアップ企業支援を通じて地方からの起業を促しており、これらが成功すれば地方の若者が地元で収入を得られるようになり、都市への過度な人口集中を緩和する可能性もあります。

環境リスクと高齢化という新たな課題

ただし、克服すべき課題も残ります。気候変動による影響は貧困層により深刻に及びます。例えば海面上昇や洪水は沿岸のスラム住民を直撃し、干ばつは零細農家の収穫を脅かします。こうした環境リスクに脆弱な人々を守る「気候適応型の社会保障」も将来の重要テーマとなるでしょう。

さらに、インドネシアは今後、高齢化が急速に進行すると見込まれています。2040年頃には高齢者人口が大幅に増加すると予測されており、高齢世代の貧困や孤立を防ぐための年金制度の充実や、地域コミュニティの強化が求められます。

包摂的な社会に向けて

総じて、インドネシアの貧富の格差は依然として大きな問題ですが、政府・社会ともにその改善に向けて動き始めています。今後は経済成長の恩恵をより広く国民に行き渡らせ、教育や医療といった基本サービスへのユニバーサルアクセスを実現していくことが鍵となるでしょう。

格差問題の解決には長い時間がかかりますが、着実に施策を積み重ね、「誰も置き去りにしない」包摂的な発展を遂げることが期待されています。それこそが、インドネシア社会の安定と持続的繁栄に不可欠な要素なのです。

 

 

まとめ

インドネシアは近年目覚ましい経済成長を遂げている一方で、社会のさまざまな場面で格差が広がっています。都市と農村のインフラや雇用の格差、教育機会の地域差や所得の偏在、さらにはスラム居住やインフォーマル労働といった現実が、貧困層の生活を厳しいものにしています。こうした格差は社会不安や経済停滞の要因ともなりかねず、早急な対応が求められています。

政府やNGOによる支援制度や改革は少しずつ進展していますが、真の格差是正には長期的かつ包括的な取り組みが不可欠です。今後は、社会全体が誰も取り残されない包摂的な発展モデルを模索し、すべての国民にチャンスと安心を届ける社会づくりを目指すことが重要です。

 

 

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本記事で使用した用語解説

ジニ係数
所得や資産の分布の不平等さを表す指標。0が完全平等、1に近づくほど格差が大きい。

インフォーマルセクター
政府の雇用統計や社会保障制度に含まれない非正規労働や自営業などの非公式経済活動。

スタンティング(発育阻害)
栄養不足などの原因により、子どもが年齢に対して極端に低身長になる状態。

PIP(スマート・インドネシア・プログラム)
貧困家庭の児童・生徒に対して学資支援を行う政府プログラム。

Dana Desa(村落基金)
全国の村に直接予算を配布し、地域住民自らが道路建設や施設整備に使える制度。

JKN(ジャミナン・ケセハタン・ナショナル)
インドネシアの国民皆保険制度。すべての国民に医療サービスを提供することを目的としている。

 

 

FAQ(よくある質問)

Q1. インドネシアは経済的に発展しているのに、なぜ貧困が多いのですか?
A1. インドネシアの経済成長は都市部や特定の産業に集中しており、地方や農村には恩恵が十分に届いていないためです。雇用、教育、医療など基本的なサービスへのアクセスが不均等であることも要因です。

Q2. ジニ係数が下がっているのに、なぜ格差はまだ問題なのですか?
A2. ジニ係数は全国平均の指標であり、数値の小さな変化では現場の実感と一致しないことがあります。特に都市部の富の集中や地方の慢性的な貧困は依然として深刻です。

Q3. インドネシア政府はどのような格差対策を行っていますか?
A3. 条件付き現金給付、教育支援、医療保険、農村開発、職業訓練などを通じて、所得格差や地域格差の是正に取り組んでいます。また、最低賃金の引き上げなど労働者保護政策も推進中です。

Q4. NGOはどのような役割を果たしていますか?
A4. NGOは、政府の制度から漏れがちな人々に対し、教育、医療、収入向上などのきめ細かな支援を行っています。女性の自立支援やスラムでの識字教育など、小規模ながらも重要な活動が多くあります。

Q5. 今後インドネシアの格差は改善される見込みがありますか?
A5.
政府が掲げる「インドネシア2045」では包摂的な成長を目指す方針が打ち出されており、各種施策も強化されています。ただし、格差解消には時間と一貫した政策の実行が不可欠です。

 

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