3月 30, 2025 • インドネシア • by Reina Ohno

インドネシアの貧困層の現状:都市と農村の格差から構造的貧困まで

インドネシアの貧困層の現状:都市と農村の格差から構造的貧困まで

インドネシアでは経済成長が続く一方で、依然として多くの人々が貧しい暮らしを強いられています。 日本人の読者にはあまり馴染みがないかもしれませんが、人口約2億8千万人のインドネシアでは約8~9%の人々が自国の定める貧困ライン以下の生活を送っており、その数は2,400万人以上にのぼります。貧困とは単に収入が少ないことだけでなく、教育・医療、安全な水や住居、エネルギーなど基本的なサービスを十分に利用できない状態を指します。こうした貧困状態から自力で抜け出すことは難しく、状況がさらに悪化したり、子どもの代まで貧困が連鎖してしまうケースも少なくありません。本記事では、インドネシアの貧困層の実態について、都市部と農村部の違い、生活環境、教育や仕事の状況、政府やNGOの支援策、そして貧困の背景にある社会構造(構造的貧困)まで、わかりやすく解説します。

 

インドネシアにおける極度の貧困層
図:インドネシアにおける極度の貧困層(1日1.90ドル未満で暮らす人口割合)の推移(1981〜2019年)。経済成長に伴い、インドネシアでは極度の貧困が劇的に減少しました。しかし現在でもなお相対的貧困層が多数存在し、社会問題となっています。

 

 

インドネシアの都市部と農村部で異なる貧困の姿

インドネシアの都市部と農村部で異なる貧困の姿

インドネシアでは農村部に貧困層が集中しているのが大きな特徴です。首都ジャカルタやバリ島など都市部・観光地の貧困率は数%台と低いのに対し、地方の農村地域では貧困率が二桁台に及ぶ地域もあります。例えば2024年9月時点の貧困率は全国平均で8.57%ですが、その内訳を見ると都市部が6.66%、農村部は11.34%と大きな開きがあります。地域別に見ても、最も貧しいパプア州では貧困率が26.6%に達する一方、最も裕福なバリ州では3.8%に過ぎません。このように「同じインドネシアでも、都市と田舎ではまるで別の国のように暮らしが違う」と言われるほど、地域間・都市農村間の格差は大きいのです。

都市部では経済発展により物価も上がり、人々の生活水準も徐々に向上してきています。ジャカルタ近郊に暮らす中間層以上の人々の生活は、日本と遜色ないほど豊かになりつつあります。一方、農村部では伝統的な自給的農業や漁業で暮らす人が多く、現金収入が限られるため近代的な生活とは程遠い厳しい暮らしを強いられています。同じ国内でも都市のショッピングモールや高層ビルの風景と、農村の素朴な村落の風景との落差は非常に大きく、貧富の差が社会問題となっています。

 

 

インドネシア貧困層の生活環境:住まい・衛生・インフラ

インドネシア貧困層の生活環境:住まい・衛生・インフラ

インドネシアの貧困層の生活環境は、都市部と農村部でそれぞれ厳しい課題を抱えています。都市部の貧困層は多くがスラムと呼ばれる地域に暮らします。ジャカルタでは市域の半分がスラム街だとも言われ、川沿いや鉄道脇など所有者のない土地に密集した簡易住居が立ち並んでいます。スラムの住居は粗末な木造やブリキ屋根のバラックが多く、上下水道などインフラも未整備です。国連機関UN-Habitatによれば、スラムの世帯は「安全な飲み水へのアクセス」「適切なトイレの利用」「安心して住み続けられる権利(強制立ち退きされないこと)」「堅牢な住居構造」「適切な居住空間」のいずれかが欠如していると定義されています。

実際、ジャカルタのスラムでは清潔な水道や衛生的なトイレがない所も多く、ゴミが散乱し悪臭が漂う不衛生な環境で子どもたちが裸足で遊んでいる光景もしばしば見られます。こうした環境では下痢症やコレラなど感染症のリスクも高く、住民の健康を脅かしています。

農村部の貧困層もまた、基本的なインフラ不足に苦しんでいます。電気や安全な水の供給が十分でない村も多く、辺境地域では安定した電力やインターネットにアクセスするのは大変です。南スラウェシ州ルウ地区の山間部の村では、家庭の水道がなく山から引いた水をそのまま生活用水に使っており、トイレも簡素な作りで下水処理がされていません。インドネシア全体で見ると、農村部で衛生的なトイレを利用できる人は約半数程度に留まり、住民の3割以上は屋外で用を足しているとの調査結果もあります。また農村では道路が未舗装の所も多く、雨季にはぬかるみや洪水で集落が孤立してしまうこともあります。病院や学校が遠方にあっても簡単には行けず、こうしたインフラ不足が貧困地域の生活を一層過酷なものにしています。

 

 

インドネシアの教育の機会と就労の現状

インドネシアの教育の機会と就労の現状

貧困は教育と雇用の問題とも深く結びついています。貧しい家庭の子どもほど十分な教育を受けられない傾向があり、それが将来の収入機会の乏しさに直結しています。インドネシア政府は義務教育を9年から12年に延長し就学支援策を講じていますが、それでも農村部では中学校を卒業しない子どもも少なくありません。実際、貧困率の高いパプア州では貧困世帯の13~15歳の就学率が約72%しかなく、貧困率の低い地域(90%以上が就学)と大きな差があります。農村では学校そのものが遠かったり、通学の交通手段がなかったりすることも一因です。また親自身が十分な教育を受けていない場合、「学校よりも家業や農作業を手伝ってほしい」と考えて子どもを通学させないケースもあります。南スラウェシの農村でも、教育の重要性を理解していない親が多く見受けられました。教育を受けられない子どもは読み書きや基本的な技能が身につかず、大人になっても高収入の仕事に就くことが難しくなります。これが貧困の世代間連鎖を生み出す大きな要因の一つです。

就労の面でも、貧困層は不利な状況に置かれています。学歴や技能の低さから、安定した職に就けず日雇い労働や自営の小規模商売、季節的な農作業などインフォーマル(非正規)な仕事に頼る人が大半です。インドネシア全体では労働人口の約55〜60%がインフォーマルセクターで働いていますが、特に貧困層ではその割合が顕著です。統計によれば、インドネシアの貧困層の約46%はインフォーマルセクターで生計を立てており、正規雇用に就いている人はわずか15%に過ぎません。インフォーマル労働者は最低賃金や労働法の保護を受けられず、社会保険にも未加入のケースが多いため、病気や失業時に収入が途絶えてしまいます。農村の自作農や都市の物売り、バイクタクシー運転手、家事代行など、日々の収入が不安定な仕事に従事する人々は、いつまで経っても生活にゆとりが生まれず貯蓄もできません。その結果、ちょっとした物価高騰や災害で一気に生活が立ち行かなくなる脆弱性を抱えています。

 

 

政府やNGOによる貧困対策の取り組み

政府やNGOによる貧困対策の取り組み

こうした貧困問題に対し、インドネシア政府も様々な支援プログラムを実施しています。代表的なものの一つが「希望の家族プログラム(PKH)」と呼ばれる条件付き現金給付制度です。これは一定の貧困世帯を対象に、子どもの定期的な就学や予防接種、妊産婦の検診受診などを条件として現金を支給するもので、貧困家庭の教育・保健を支援する狙いがあります。PKHは2007年に開始され、現在ではブラジルのボルサファミリアに次ぐ世界第二位の規模の現金給付プログラムに成長しました。この制度により、児童の栄養失調や中途退学、児童労働の抑制に一定の成果が上がっているとの報告もあります。

他にも政府は貧困層向けにいくつかの支援策を展開しています:

  • 食糧補助(BPNT): 毎月、低所得世帯に対してお米など基本食料を購入できる電子クーポンを配布する制度です。物価高で食料確保が難しい世帯の栄養状態を下支えしています。
  • 直接現金給付(BLT): 燃料価格の上昇時などに低所得世帯へ一時金を支給する制度で、最近では新型コロナ対策としても実施されました。急場の生活費を補填し、極端な困窮に陥るのを防ぐ目的があります。
  • 教育支援策(KIP): 「スマート・カード」と呼ばれる就学支援金制度で、貧困家庭の児童・生徒が学校に通い続けられるよう学用品や制服代の補助を行います。高校や職業訓練校まで対象を広げ、若者の学習機会拡大を図っています。
  • 医療保険の補助: 国民皆保険制度(JKN)において、貧困層は保険料が免除されます。政府が全額負担することで、収入がない人でも公的医療サービスを受けられるようになっています。

国際NGOもまた、インドネシアの貧困削減に関与しています。例えばワールド・ビジョンやプラン・インターナショナルといった団体は、農村部で井戸の建設や衛生指導を行って安全な水を提供したり、就学支援や職業訓練プログラムで子どもや若者の自立を助けたりしています。これらの活動は持続可能な開発目標(SDGs)の達成にも資するものであり、貧困という根深い問題に対する国際社会からの支援と言えます。

 

 

貧困を生む社会構造と「構造的貧困」とは

インドネシアの都市部と農村部で異なる貧困の姿

最後に、インドネシアの貧困問題の背景にある社会構造上の課題 Structural povertyについて考えてみましょう。個々の家庭の事情や努力だけではどうにもならない、社会全体に根付いた貧困の原因を指す言葉に「構造的貧困」があります。構造的貧困とは、貧困が特定の地域や集団において構造的・継続的に生み出され再生産されてしまう状態を指します。インドネシアでは、長年にわたる地域間格差や教育・インフラへの投資不足、社会的不平等が積み重なり、一部の地域や層で貧困が固定化する傾向が見られます。

例えば、ジャワ島やバリ島など中心地域に比べて、パプアや東ヌサトゥンガラ州といった周辺地域は歴史的に開発が遅れ、道路や学校などの基盤整備が不十分でした。その結果、地理的に不利な農村では産業が育たず良い雇用も生まれないため、人々は安い賃金で農業や採掘業に従事するしかなく、外部の企業に搾取される構造が続いてきました。また貧しい家庭に生まれた子どもは満足に教育を受けられずに大人になり、再び不安定で低賃金の仕事に就く――こうして貧困が世代を超えて繰り返される仕組みができてしまっています。これこそが構造的貧困の怖さであり、単に目先の支援金を配るだけでは問題の根本解決に至らない理由でもあります。

構造的貧困を解消するには、社会の構造自体を変えていく必要があります。インフラや教育への投資を後回しにしないことで地域間格差を是正し、貧困層にも経済成長の果実が行き渡るようにすることが重要です。具体的には、農村部への十分な予算配分による学校や病院・道路の建設, 地域産業を育成するための技術研修や融資支援, また社会的に弱い立場にいる人々(少数民族や障がい者など)への差別の是正といった取り組みが求められます。インドネシア政府も地方開発予算を拡充し、各村に直接資金を配分する「村落基金」を創設して住民主体のインフラ整備を進めています。さらに家族計画の推進や女性の社会進出支援により、家庭内の教育・栄養状態を改善して貧困の連鎖を断ち切ろうという努力も行われています。

構造的貧困の克服には時間がかかりますが、着実な社会改革によって貧困の悪循環を断ち切ることが可能です。インドネシアではこの数十年で極度の貧困層を劇的に減らすことに成功しました。今後は残された貧困層が取り残されることのないよう、都市と農村の格差を是正し、すべての人に教育と機会が行き渡る包摂的な社会を築くことが目標となっています。豊かな人々と困窮する人々が共存する現在のインドネシアですが、政府の政策と地域社会・国際社会の協力によって、誰もが安心して生活できる公正な社会への歩みが着実に進められているのです。

 

 

まとめ

インドネシアは経済成長を続ける一方で、依然として多くの人々が貧困に苦しんでいます。特に農村部では都市部と比べて2倍近い貧困率が見られ、教育や医療、インフラへのアクセスに大きな格差があります。

こうした貧困は、単なる所得不足にとどまらず、社会構造そのものに根ざした「構造的貧困」として代々引き継がれてしまう傾向があります。インドネシア政府や国際NGOによる現金給付制度、教育・医療支援などの取り組みが進められていますが、抜本的な解決には地域格差の是正と社会システムの見直しが必要です。

今後は、すべての人が基本的なサービスを受けられ、将来に希望を持てるような公平で持続可能な社会づくりが求められています。

 

 

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本記事で使用した単語の解説

貧困ライン
最低限の生活に必要とされる収入水準。インドネシアでは1日1.90ドル未満で暮らす人々が「極度の貧困層」とされる。

スラム
インフラが整っておらず、劣悪な環境にある都市内の住宅密集地。違法建築や不衛生な環境が多く見られる。

インフォーマルセクター
正規の雇用契約がなく、税金や社会保障の制度に組み込まれていない仕事。露店商や日雇い労働者などが含まれる。

条件付き現金給付(PKH)
子どもの就学や健康診断などを条件に、政府が貧困世帯へ現金を支給する制度。

構造的貧困(Structural Poverty)
社会的・経済的な構造に根ざした貧困で、本人の努力だけでは抜け出すのが難しく、世代を超えて繰り返される。

村落基金(Dana Desa)
インドネシア政府が地方の村に直接配分する開発資金。住民が主体となって道路や学校などの整備を行う。

SDGs(持続可能な開発目標)
国連が定めた2030年までの国際的な目標。貧困の解消、教育の普及、ジェンダー平等などが含まれる。

 

 

よくある質問(FAQ)

Q1. インドネシアの貧困率はどのくらいですか?
A. 全国平均では約8〜9%で、都市部が約6.6%、農村部は約11.3%です。最も貧しい地域では26%を超えるところもあります。

Q2. インドネシアのスラムはどんな環境ですか?
A. ジャカルタをはじめとする都市部にはインフラが整っていないスラムが多く存在します。清潔な水やトイレがない場所も多く、感染症のリスクも高いです。

Q3. 構造的貧困とは何ですか?
A. 地域格差や教育へのアクセス不足など、社会の仕組みによって貧困が固定化・継続する状態です。貧困が親から子へと連鎖する原因にもなります。

Q4. インドネシア政府はどんな支援をしていますか?
A. 条件付き現金給付(PKH)、教育支援(KIP)、医療保険の補助、食糧支援(BPNT)、現金支給(BLT)など、多角的な対策が実施されています。

Q5. 貧困削減のために私たちができることはありますか?
A.
教育支援やエシカル消費、NGOを通じた寄付やボランティア参加など、身近な行動でもインドネシアの貧困削減に貢献することができます。

 

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