
2月 26, 2025 • インドネシア, 会社紹介
3月 9, 2025 • ニュース, インドネシア • by Erika Okada
目次
インドネシアでは、2025年にプラボウォ大統領が開始した無償給食プログラム「Makan Bergizi Gratis (MBG)」が大きな注目を集めています。この政策は約8,300万人を対象に栄養価の高い食事を提供し、子どもの健康増進や発育阻害の改善を目的としています。しかし、財政負担の大きさや運営の課題など、多くの論点が浮上しているのも事実です。本記事では、無償学校給食プログラムの概要、経済効果、財政の持続可能性、実施方法、日本との比較、そして今後の展望について詳しく解説します。
インドネシアのプラボウォ・スビアント大統領が2025年に開始した無償給食プログラムMakan Bergizi Gratis(MBG)は、約8,300万人に食事を提供するという前例のない規模の社会政策です。このプログラムは全国の就学児童および妊産婦を対象に栄養価の高い食事を無償提供し、子どもの栄養不良(発育阻害など)の改善と将来世代の健康増進を目的としています。実際、インドネシアでは5歳未満児の約21.5%が発育不良に陥っており、子どもの栄養改善は喫緊の課題です。プラボウォ大統領はこの給食によって子どもの成長阻害を減らすだけでなく、農家の収入向上や地域経済の活性化にもつなげたいと述べています。
インドネシアの無償給食Makan Bergizi Gratis(MBG)プログラム初日に昼食をとる生徒たち。
この施策は大統領選挙での公約として掲げられたもので、5年間で総額450兆ルピア(約28億ドル〈約4兆円〉)にも及ぶ予算が必要と見積もられています。2025年の初年度には政府予算から約71兆ルピア(約43億ドル〈約6,000億円〉)が投入され、まず約1,500万人の子どもと妊産婦を対象に段階的な提供が始まりました。政府は最終的に2029年までに対象を約8,300万人へ拡大する計画で、幼児教育から高校生までの全児童・生徒と妊娠中および授乳中の母親が含まれます。学校では児童生徒一人当たり一日一食(1日の必要カロリーの約3分の1)を提供する計画で、受益者は代金を支払う必要がありません。このように、本プログラムはインドネシアの将来を担う子どもたちへの投資として、壮大なスケールでスタートしました。
プラボウォ大統領は、インドネシアの経済成長率を5%から8%へ引き上げる目標を掲げており、無償給食プログラムをその一環としています。子どもの栄養改善による人的資本の向上や農村経済の活性化が長期的なGDP押し上げにつながると期待されています。また、この事業は初年度だけで約6,000億円の政府支出を伴い、短期的にも地方経済を中心に景気刺激策として作用すると見込まれています。ただし、巨額の費用負担が財政の健全性を損なうとの懸念も専門家から指摘されています。
本プログラムの実施により、大規模な雇用創出が見込まれます。全国で約2,000の協同組合が食材供給に関与し、米、野菜、肉、魚、卵、牛乳などを地域から調達。調理場の設置も進められており、初期段階で190か所の調理施設が稼働し、50万食分の給食が提供されました。2025年3月までに調理事業者を937か所まで拡大し、約300万人分の給食提供を目指しています。これにより、調理スタッフや配送員、栄養管理者などの新たな雇用が生まれるとともに、農家の収入向上にも寄与します。
無償給食プログラムに伴い、年間で米6,700万トン、鶏肉120万トン、牛肉50万トン、魚100万トン、野菜・果物、牛乳4,000万キロリットルが必要とされます。この膨大な需要は、農業や食品産業の活性化につながり、地域経済にも波及効果をもたらします。また、保護者からは「朝食準備の負担が軽減され助かる」といった声も聞かれ、家計の負担軽減による可処分所得の増加が、消費拡大を通じて地域経済を下支えすると期待されています。
一方、大規模な食料需要の創出は物価上昇につながる可能性があります。特に米などの主食を政府が大量に調達すれば、市場価格が上昇し、一般家庭の食費負担が増す懸念があります。供給不足を防ぐため、政府は地方の協同組合からの調達を基本としつつ、輸入も視野に入れています。例えば、牛乳や牛肉の安定供給のために130万頭の乳牛を輸入する計画が進められています。
財政面では、巨額の支出が財政赤字を拡大させる可能性がありますが、政府は財政赤字をGDP比3%以内に抑える方針を示し、給食プログラムの予算配分を慎重に調整しています。現時点では、大きなインフレ要因とはならないよう管理されており、持続可能な運営が課題となっています。
無償給食プログラムの財源は、現時点では全額が中央政府の国家予算(APBN)から拠出されています。2025年の予算に必要経費が組み込まれ、追加の増税や外部資金援助には依存せず、税収と国債発行によって賄う方針です。しかし、計画を完全に実現するには予算が不足する可能性が指摘されており、目標の受益者数を達成するには追加で最大140兆ルピア(約86億ドル)の予算措置が必要とされています。食品担当調整大臣は2025年7~8月に大統領の決断で追加予算が拠出される可能性に言及しており、初年度予算の約2倍に達する見込みです。
インドネシア政府は財政赤字の抑制に努めてきましたが、本プログラムの巨額支出により、他の重要予算を圧迫する懸念があります。専門家の間では「他の事業の予算を削って給食に充当する可能性がある」との指摘もあり、財源配分のジレンマが生じています。また、将来的には増税や補助金削減が避けられないとの見方もあり、税負担の増加が中間層の購買力を削ぐリスクも懸念されています。
全ての子どもを一律に対象とすることの是非も議論されています。裕福な家庭の子どもまで公費で賄うのは非効率ではないかとの意見があり、財政の持続可能性を高めるためには、本当に支援が必要な層へ重点化することが検討課題とされています。
本プログラムには、現時点で国際機関や他国からの資金援助は含まれていません。インドネシア政府は自国の財政資金のみで賄う姿勢を示しており、戦後の日本が米国などから食糧援助を受けた歴史とは対照的です。ただし、将来的に財源不足が深刻化すれば、国際開発金融機関や国連機関からの財政支援を検討する可能性もありますが、現段階では国内資源の活用による持続可能性の確保を目指しています。
このプログラムの実施主体として、インドネシア政府は新たに国家栄養庁(Badan Gizi Nasional, BGN)を設立し、各省庁を統括して給食事業を運営しています。BGNは保健省や教育文化省、食料庁など複数の政府機関と連携し、地方自治体とも協力しながら対象地域での給食提供を進めます。特徴的なのは、インドネシア国軍(TNI)が調理・輸送の面で協力している点で、初期段階では地方の軍施設(陸軍の地域コマンド=コディム)が学校給食の調理を請け負う例もありました。軍の組織力を活用することで短期間で全国各地に提供網を築く狙いがありますが、一方で地元の小規模事業者が締め出される懸念も指摘されています。政府は「セントラルキッチン方式」と呼ばれる集中的な調理システムを採用し、効率的に大量の食事を準備するとともに、品質管理の徹底を図っています。
給食の供給体制は、協同組合や認定業者を通じた食材調達と、地域ごとに設置された調理センターでの一括調理・各校への配送によって支えられています。各学校にはBGNのチームや委託業者が毎日食事を届け、児童生徒に配布します。例えば都市部では一つの調理センターが周辺の複数校の給食をまとめて調理し、保温容器やパッケージに詰めてトラックで配送します。農村部でも巡回方式で給食を届ける仕組みを整備中です。初期導入時点では全国26州で190の調理拠点が稼働し、開始日には一日あたり約57万食を提供しました。今後、調理拠点や配送網は段階的に拡充され、より多くの学校・地域をカバーしていく予定です。島しょ部を含む広大な国土でいかに安定的に食事を届けるかは物流上の課題ですが、政府は軍の輸送力や地域ボランティアも活用し、全国津々浦々へのサービス提供を目指しています。
本プログラムの成否を左右する重要な要素が、給食の品質と栄養基準です。政府は「無料の栄養食(Free Nutritious Meals)」として、各食事に主食(米飯など)、タンパク源(肉・魚・豆腐など)、野菜、果物、牛乳等をバランスよく盛り込む方針を掲げています。目安として一食あたり子どもの1日必要エネルギーの約3分の1を賄う栄養価を確保する計画です。しかし、全国一律に高い栄養基準を維持することは容易ではありません。例えば当初は牛乳を給食に含めることが必須とされましたが、地域によっては牛乳の確保が難しいこと、またアジア人には乳糖不耐症が多く牛乳摂取に適さない場合があることから、牛乳の提供は必須ではなくなりました。実際、インドネシアでは2017年に栄養啓発キャンペーンの見直しが行われ、牛乳は必ずしも必要なものではないとされた経緯があります。このように、地域の実情や最新の栄養知見に応じて献立を柔軟に調整することも求められます。また、一律に高カロリー・高タンパクの食事を与えるだけでは身長は伸びず体重だけ増えて肥満を招くリスクが指摘されており、カロリーやタンパク質だけでなく鉄分やビタミンなどの必須微量栄養素を十分に摂取できるメニュー構成が不可欠です。インドネシア政府は今後、管理栄養士の監督の下で栄養バランスの標準化を進めるとともに、多様な食品群を取り入れる工夫を続ける必要があります。
食品の安全性も大きな課題です。2025年1月のプログラム開始直後には、無料給食を食べた児童が食中毒症状を訴える事例が相次ぎました。中部ジャワ州スコハルジョの小学校では、配布された鶏肉料理に十分な加熱がされておらず児童約40人が嘔吐する騒ぎとなり、別の北カリマンタン州ヌヌカンの小学校でも残飯を流用した料理が原因とみられる下痢症状が報告されています。こうした事態を受け、政府は各調理業者に提供食のサンプルを48時間保管することを義務付け、衛生当局が原因究明できる体制を整えました。現場の調理担当者に対する衛生管理の研修も実施され、食材の適切な調理と保存、配送まで一貫した品質管理の徹底が図られています。
BGNのヒンダヤナ長官は「今回の事故を教訓として手順を厳格化する」と述べ、プラボウォ大統領も現場当局の迅速な対応を評価しつつ、再発防止に向けた取り組みを支持する姿勢を示しました。このように、広範囲に大量の食事を提供するプログラムでは、一部の不備が直ちに多くの子どもに影響を及ぼすため、ガバナンス(統治)の確保が極めて重要です。政府は食品衛生基準の順守とモニタリングを強化し、給食の安全・安心を支える体制整備に努めています。
インドネシアの無償給食プログラムは約8,300万人が対象で、国民の4分の1以上に及びます。就学前児から高校生、妊娠・授乳中の母親までを含む広範なカバー範囲が特徴です。一方、日本の学校給食制度の対象は主に公立小中学校の約930万人(人口の7%強)に限られ、高校には統一的な制度はありません。日本では伝統的に給食費を保護者が負担してきたのに対し、インドネシアは開始当初から完全無償を掲げている点が大きく異なります。
インドネシアでは中央政府が全国統括し、調理拠点で作られた給食をトラックで輸送・配布する集中型システムを採用。一方、日本では自治体や教育委員会が運営し、地域ごとに給食センターや学校の調理施設を活用する分権型です。また、日本は「給食当番」制度で生徒自身が配膳し、学校で温かい食事を提供するのが一般的です。日本では学校給食法(1954年制定)に基づく法的枠組みがありますが、インドネシアでは制度構築が初期段階であり、運営に軍を動員するなど中央集権的な手法が採られています。
インドネシアの無償給食は、深刻な栄養失調や貧困対策が主目的。プラボウォ大統領の公約として導入され、「朝食を食べられない子どもが多すぎる」という課題に対応しています。また、農村経済の活性化や人的資本育成といった長期的な国家戦略の一環でもあります。
一方、日本の学校給食は戦後の栄養不足対策としてGHQの指導下で再開され、1950年代に政府制度として整備されました。現在は「教育の一環」として食育や地域食材の理解促進に重点を置いており、近年では子育て支援策として自治体による給食費無償化が進んでいます。インドネシアが「栄養保障と貧困対策」に重点を置くのに対し、日本では「教育・福祉」の側面が強いと言えます。
インドネシアの無償給食は全額国家予算で賄われ、初年度の予算は約6,000億円(GDPの0.5%)。今後、対象拡大により財政負担が増加する可能性があります。
日本の学校給食は伝統的に保護者が食材費を負担し、自治体が人件費・設備費を支援する混合型の仕組み。小学生の給食費は月額平均4,688円、中学生は5,367円とされます。2023年9月時点で全国の30%の自治体が完全無償化を実施していますが、日本政府は高水準の財政赤字を抱えており、全国一律の無償化には慎重な姿勢を取っています。
インドネシアでは発育阻害や貧血の改善が期待されており、2024年までに発育阻害児の割合を14%以下にする目標を掲げています。一方、日本では高度経済成長期までに栄養不良がほぼ解消され、現在は肥満や偏った栄養摂取の対策が重要視されています。研究では、学校給食が肥満防止に寄与することが示唆されており、日本では「食育」の場としても重視されています。
また、学校給食は平等な食事機会を提供することで、貧困による疎外感を軽減する役割も果たしています。日本では「貧富の差を感じさせない」という理念が長く続いており、インドネシアの無償給食も社会統合の意義を持ちます。ただし、すべての子どもに同じ給食を提供することが最適とは限らず、今後は支援が必要な子どもへの重点化や栄養指導の充実が課題となるでしょう。
最大の課題は財政面での持続可能性です。計画通り全対象者へ給食を提供するには追加予算が必要とされており、財源確保が難航すれば食事の質や量の低下、対象範囲の縮小といったリスクが生じる可能性があります。
試験導入段階では、学校側が保護者に弁当箱の購入を強制し「実質的な有料化」との噂が広がったほか、給食事業を利用した詐欺事件も報告されました。巨額の予算が動く事業であるため、汚職や不正防止の監視が重要です。また、都市部と地方で給食の内容や運営に格差が生じる懸念もあり、「メニューが単調」「提供頻度に差がある」といった課題への対応が求められます。
① 支援対象の重点化
現状では富裕層の子どもにも一律に給食を提供していますが、栄養状態や所得水準に応じた「セミターゲティング(部分的重点化)」が検討に値します。例えば、貧困地域では給食と栄養補助食品を提供し、都市部では週数回の提供に留めるなど、地域ごとの柔軟な運用が求められます。ただし、過度な格差を生むと制度への支持が揺らぐ可能性があり、慎重なバランスが必要です。
② 関連施策との連携
給食だけで子どもの栄養問題は解決できず、家庭での栄養教育や衛生環境の改善、寄生虫駆除、食品の栄養強化(フォーティフィケーション)などの包括的なアプローチが不可欠です。政府も給食の実施と並行して、児童の健康・栄養測定や保護者向けの栄養指導キャンペーンを進める予定です。
③ 食品廃棄の削減
大量調理・大量配送による食べ残しや廃棄物の増加は食料資源の無駄につながります。適切なポーションコントロールや残菜の再利用(堆肥化・飼料化)の仕組みを取り入れ、環境負荷を減らす工夫も必要です。
プラボウォ大統領の無償給食プログラムは、多くの課題を抱えつつも、インドネシアの将来世代の健康と国家発展に向けた重要な投資です。試行錯誤を重ねながら制度の改善を続けることで、その恩恵を最大化できるでしょう。子どもたちに十分な栄養を保証することは、人材育成だけでなく、長期的には医療費削減や社会の安定にも貢献します。
日本でも子どもの貧困対策や少子化対策が重要な課題となっており、インドネシアの取り組みは示唆に富むものがあります。両国の事情は異なりますが、「すべての子どもに健やかな食事を届ける」という理念は共通しており、今後の情報共有や協力によって相互の施策を高め合うことが期待されます。インドネシアの無償給食プログラムが持続可能な形で定着すれば、将来世代への大きな遺産となるでしょう。
インドネシアの無償給食プログラムは、子どもの健康と国家の未来を支える重要な政策です。短期的には雇用創出や農村経済の活性化が期待される一方、財政負担の増加や運営の効率性といった課題も浮上しています。
今後の持続可能性を高めるためには、支援対象の重点化、関連施策との連携、食品廃棄の削減などの対策が求められます。さらに、日本の学校給食制度との比較を通じて、各国の事情に応じた最適な運営方法を模索することも重要です。
「すべての子どもに栄養のある食事を届ける」という理念のもと、インドネシアの給食プログラムがどのように発展していくのか、今後の展開に注目が集まります。
Q1. インドネシアの無償給食プログラムの対象は誰ですか?
A. 幼児教育から高校生までの児童・生徒、および妊娠中・授乳中の母親が対象となっています。2029年までに約8,300万人への拡大を目指しています。
Q2. なぜこのプログラムが重要なのですか?
A. インドネシアでは、子どもの栄養不良(特に発育阻害)が深刻な問題となっています。無償給食を提供することで、子どもの健康増進や学力向上が期待されます。
Q3. プログラムの財源はどこから来ているのですか?
A. 現時点では、全額がインドネシア政府の国家予算(APBN)から拠出されています。しかし、今後の拡大に伴い追加予算が必要とされており、財政の持続可能性が課題となっています。
Q4. 無償給食による経済的な影響はありますか?
A. 短期的には地方経済の活性化や雇用創出が期待されますが、大規模な食料需要の増加による物価上昇のリスクもあります。
Q5. 日本の学校給食との違いは何ですか?
A. インドネシアの給食は完全無償であること、中央集権的な管理体制であること、軍の輸送ネットワークを活用していることが特徴です。一方、日本の給食は自治体が運営し、一部の自治体では無償化が進んでいるものの、従来は保護者の負担がありました。
Q6. 今後の課題は何ですか?
A. 財政負担の増加、運営の不正防止、地域間格差の是正が主要な課題です。また、食品廃棄の削減や栄養バランスの維持も重要なテーマとなっています。
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