
3月 30, 2025 • インドネシア
5月 4, 2025 • インドネシア, 教育 • by Erika Okada
目次
インドネシアの「塾」ビジネスは、近年急速に成長し注目を集めています。人口2億8,000万人超を抱えるインドネシアでは教育需要が非常に高く、特に良質な進学先を巡る競争が熾烈です。日本や欧米の経営者・マネージャーの皆さんに向けて、本記事ではインドネシアの学習塾(学習支援)業界について、市場規模、主要企業、法制度、成功事例、教育制度、家庭の教育熱、参入障壁、日本との文化比較、料金相場など、幅広い観点から最新情報をわかりやすく解説します。
まず、インドネシアの学校制度は初等教育6年+前期中等教育3年+後期中等教育3年の計12年間が義務教育です。小学校(SD)から中学校(SMP)・高校(SMA)まで公立校と私立校が存在し、一部は宗教省管轄のイスラム学校も併設されています。義務教育終了後は大学など高等教育へ進学しますが、国立大学(PTN)の定員が非常に限られており、毎年多数の受験生が熾烈な競争を繰り広げます。例えば2023年の全国共通テスト(UTBK-SNBT)では、約100万人の受験者のうち合格者は22万3千人程度と、約4~5人に1人しか希望の国立大学に合格できない狭き門でした。
こうした背景から、学校の正規授業だけでは不十分と考える家庭も多く、生徒は放課後や週末に「塾」(インドネシア語で Bimbingan Belajar、略称 Bimbel)に通って受験対策や補習を受けます。インドネシアでは2010年代以降、公的な全国共通試験(UN)が廃止され評価方法が変わったものの、難関校・大学への受験熱は依然として高く、塾通いは都市部を中心に一般的な習慣となっています。教育省は国家学力テストへの過度な対策を戒める姿勢も示していますが、依然として多くの家庭が子どもの将来への投資として民間の学習支援サービスを利用しています。
インドネシアの学習塾市場は、国内の教育熱の高まりとともに成長しています。正確な業界規模の統計は細分化が難しいものの、オンライン学習プラットフォーム市場だけでも2023年に約2,500億円(約1.67億米ドル、約25兆ルピア)規模に達したとの推計があります。さらに2029年までにその倍以上(約60兆ルピア)に成長する見通しも示されており、デジタル技術を活用した教育サービスの拡大が著しいことが分かります。一方、従来型の対面式塾も根強い需要があり、インドネシア全土で大小合わせて3,000以上の塾センターが存在するとの報告もあります。こうしたオフライン塾とオンラインサービスの双方が市場を押し上げ、教育関連産業全体が活況を呈しています。
インドネシアの家庭の教育熱はまだ日本ほど高くはありませんが年々高まっています。経済成長に伴う中間層の台頭により、子どもの教育に積極的に支出する世帯が増えており、世帯消費に占める教育費の割合は平均で4%前後と報告されています。公立学校の授業は基本的に無料ですが、授業の質や進路競争を懸念する多くの親が私的な教育投資(塾代や家庭教師代)に積極的です。都市部の中産階級以上では、学校後に塾や習い事を掛け持ちする子どもも珍しくなく、特に高校最終学年では難関大学合格を目指して週末返上で塾の特訓コースに通う例も多く見られます。人口構成では30歳未満が全人口の4割以上を占める若い国でもあり、この巨大な若年層への教育需要が市場を更に拡大させています。
インドネシアには1980~90年代創業の老舗塾チェーンが多数存在し、現在も各地で生徒を集めています。代表的なのはGanesha Operation (GO) や Primagama、Nurul Fikri などで、いずれも全国に分校網を持つ大手塾です。例えば1982年創業のPrimagamaは、インドネシア最大級の対面式塾チェーンとして知られ、ピーク時には全国で300以上の教室と3,000人超の講師陣、年間30,000人以上の生徒を擁しました。GOも類似の規模で、難関国立大学への合格者数実績を看板に地方都市まで展開しています。こうした従来型塾は、学校の成績補習から大学入試特訓まで幅広いコースを提供し、長年培った指導ノウハウと地域密着の口コミで信頼を得ています。
また、日本発の公文式 (Kumon) も1990年代からインドネシアに進出し成功した外国系教育サービスの一例です。公文は算数・国語を中心とする個別学習プログラムで、インドネシア各地にフランチャイズ教室を展開してきました。世界50か国以上で400万人超の生徒が学ぶ公文式は、インドネシアでも中流層の幼児・児童に人気で、基礎学力の補強を目的に多くの家庭が利用しています。このように海外発の塾フランチャイズも一定のプレゼンスがあり、ローカル塾と共存しながら市場を広げています。
近年特に勢いがあるのが、スマートフォンやインターネットを活用したオンライン学習サービス(EdTech)です。中でもインドネシア発のユニコーン企業Ruangguru(ルアングル)は東南アジア最大級の教育テクノロジー企業に成長しており、同社プラットフォームの登録ユーザー数は1,500万以上にのぼります。2014年創業のRuangguruは、小中高生向けに動画講義や問題演習を提供する「ruangbelajar」をはじめ、ライブ指導や宿題相談、模擬試験など多彩なオンライン学習サービスを展開しています。手頃な月額料金と分かりやすいアプリ操作性が受け、地方や低所得層の学生にも広く利用が浸透しました。また各州教育局と連携し公教育を補完するプロジェクトも手掛けており、教育分野のDX(デジタルトランスフォーメーション)を牽引する存在です。
Ruangguruと並ぶ存在としては、Zenius(ゼニウス)も古参のオンライン学習プラットフォームです。2004年からデジタル教材を提供してきたZeniusは、高品質な授業動画や練習問題で知られ、多くの高校生の支持を得てきました。同社は近年従来型塾とのハイブリッド戦略を打ち出し、2022年には前述の大手Primagamaを買収して自社カリキュラムと統合しています。この動きによりオンラインとオフライン指導を融合したOMO(オンライン統合型)サービスを構築し、地方の教室ネットワークとデジタル教材のシナジーで顧客基盤を拡大中です。
他にも、CoLearn(コーラン:AIを活用した問題解説アプリ)やPahamify(パハミファイ:ゲーム感覚の学習アプリ)、英語学習に強いCakap(チャカップ)など、新興EdTech企業が次々登場しています。CoLearnは2020年創業ながら短期間で350万人以上のユーザーを獲得し、海外投資家からの資金調達にも成功しました。また従来は受験対策が中心だったオンライン講座も、近年はプログラミングや資格試験、幼児教育などジャンルの多様化が進んでいます。このようにデジタル世代に合わせた柔軟な学習形態を提供する各社の台頭により、塾業界の競争は新たな局面を迎えています。
弊社の運営するTimedoor AcademyもEdTech分野において重要なプレイヤーの一つとなっています。インドネシアを中心に東南アジア・中東諸国でIT教育を提供しており、ScratchやPythonなどのプログラミングをはじめ、AI・ロボティクス・AR/VRといった先端領域までをカバーする独自カリキュラムを50拠点以上で展開しています。自社開発のLMS(学習管理システム)とアダプティブラーニング技術を活用し、5歳〜19歳の幅広い層に対して質の高いIT教育を提供しています。さらに、貧困層や障害児への無償支援や教師育成プログラム(TOT)などCSR活動にも力を入れており、社会的インパクトと教育革新の両立を目指しています。
インドネシアの教育ビジネスに関する法規制は、大きく分けて正式な学校(形式教育)と塾や講座など非形式教育で異なります。小中高の正規学校を運営する場合、原則としてインドネシア人による非営利財団(ヤヤサン)形態が求められるなど外資規制があります。一方、学習塾や語学スクールといった非形式教育事業は比較的参入しやすく、外資企業にも門戸が開かれています。政府は教育分野での海外からの投資・協業を近年奨励しており、特にEdTech(教育テクノロジー)や職業訓練分野では100%外資出資の法人設立も可能です。
もっとも、事業開始にはインドネシアの一般的な法人設立・営業許可手続きに加え、教育省管轄の認可を得ることが求められます。具体的には、まずオンライン単一窓口(OSS)を通じて事業者登録番号(NIB)を取得し、事業分類に応じた追加許可を申請します。例えば語学スクールであれば教育省の地方事務所からの営業許可が必要となるケースがあります。学習塾に関しては明確な国家資格制度はありませんが、各地方政府が独自に品質基準を定めて任意の認証を与えることがあります。また児童を扱うため労働法や未成年者保護に関する法令遵守も重要です。総じてインドネシアの塾産業に対する規制は日本と比べて厳し過ぎるものではなく、市場原理に委ねられている部分が大きいと言えます。
一方で、教育政策上の動向として過熱する受験競争への政府の懸念も挙げられます。教育文化省のナディーム・マカリム大臣は、学力テスト「国家学力評価(AN)」に特化した塾通いを控えるよう保護者に呼びかけるなど、公教育の信頼回復に努めています。また新課程「メリデカ・カリキュラム(学びの自由)」の導入によって創造性や協働性を重視する評価が広がれば、丸暗記型の従来塾は変革を迫られる可能性もあります。塾業界側もこうした政策の変化を注視しつつ、サービス内容の見直しやオンライン化対応など柔軟に取り組んでいる状況です。
ローカル企業の成功事例としては、先述のRuangguruが象徴的です。創業わずか数年で全国数千万規模のユーザーを獲得し、シリーズEまでの大型資金調達にも成功したRuangguruは、教育系スタートアップのロールモデルとなりました。その成長要因として、安価な価格設定や地方政府との協働による市場開拓、モバイルアプリ最適化による高いユーザーエンゲージメントなどが挙げられます。またもう一つの成功例として、現地大手財閥と提携した教育事業の展開もあります。たとえばサリム財閥傘下の企業がフランチャイズ型塾チェーンを展開し、グループのネットワークと資本力を背景に急拡大したケースも存在します。インドネシアではローカル財閥や有力者との関係構築がビジネス成功のカギとなることが多く、教育分野も例外ではありません。
海外企業の成功事例では、前述の公文式の他にも、シンガポール発のMathnasium(数学専門塾)や韓国発のEye Level(学習塾)などがインドネシア市場に参入し一定の支持を得ています。彼らの成功要因は、世界展開で磨かれた独自メソッドを現地のニーズに合わせてローカライズした点にあります。例えば公文式は教材言語をインドネシア語に翻訳しつつ、日本式の自学自習習慣を根付かせました。またシンガポール系の塾は英語教育に強みを持ち、グローバル志向の富裕層家庭を取り込んでいます。もっとも、海外勢すべてが順風満帆とは限らず、現地資本との競争や価格適応に苦戦して撤退した例もあります。鍵となるのは現地文化・市場への深い理解であり、成功している外資企業は現地パートナーとの協業や現地スタッフの登用によりインドネシア社会に溶け込む努力を重ねています。
インドネシアのビジネス習慣として、日本との文化的な違いも押さえておきましょう。教育分野では、日本では塾講師は大学生アルバイトも多いのに対し、インドネシアでは学校教師が副業で塾講師を兼ねるケースが一般的です。公立校の教師給与が十分でない背景もあり、有能な教師ほど終業後に有料塾で教える傾向があります。そのため塾運営者にとっては優秀な講師の確保・引き抜き競争が重要なテーマです。一方、日本のような大手予備校講師にスター講師がいてテレビCMに登場する、といった派手なマーケティングはインドネシア塾業界ではあまり見られません。どちらかといえば家族や知人の口コミや学校との繋がりによる集客が重視され、地域コミュニティとの信頼関係づくりがビジネス上重要です。
また、日本人は時間厳守や計画性を重んじますが、インドネシアでは全般に時間におおらかで予定変更も柔軟に行われます。塾の授業開始時刻やカリキュラム進行も多少ルーズな面があり、外国人経営者は現地のペースに合わせつつサービス品質を維持するバランス感覚が求められます。さらに宗教上の考慮も必要です。多数派のイスラム教徒学生に配慮し、授業時間が礼拝と重ならないようにする、断食月(ラマダン)にはスケジュールを調整する、といった対応は欠かせません。日本と異なる多民族・多宗教社会である点を踏まえ、現地スタッフと協調しながらローカルに根差した運営をすることが成功への近道と言えるでしょう。
新規にインドネシアの塾ビジネスへ参入する際には、いくつかの障壁や課題にも注意が必要です。
以上のように、インドネシアの塾ビジネスには多様な機会がある一方で、乗り越えるべきハードルも存在します。しかし、政府も教育分野への投資を促進しており、市場環境は好意的です。実際に多くの日系・外資企業が現地パートナーとの協業やM&Aを通じて参入を果たしています。ポイントは長期的視点に立った信頼構築と現地適応であり、それさえ押さえれば巨大なインドネシア教育市場でビジネスを成長させる余地は十分にあるでしょう。
最後に、現地の塾や教育サービスの料金相場について触れておきます。インドネシアでは、公教育が基本無料である一方、民間の塾は多彩な価格帯でサービスを提供しています。
対面式の大手塾では、年間契約のコース料金が一般的です。例えばPrimagamaの場合、小学生コースで年間約800万ルピア(約7.95万円)、中学生で約900万ルピア(約8.95万円)といった料金設定が報告されています。高校生向けや大学受験対策の特別コースになると年間10~12百万ルピア(10万円強)に達するものもあります。ただし多くの塾では月謝払いも可能で、月額に換算すると5万~10万円前後が一つの目安となります。これは日本の大手予備校と比べれば割安ですが、現地の平均所得水準からすると決して安くはなく、塾通いは主に中流以上の家庭が負担できる支出と言えます。
一方、オンライン学習サービスの料金はより低廉に設定されています。Ruangguruの「ruangbelajar」の場合、1か月あたり約20万ルピア(約1,900円)程度から利用可能で、年間一括プランではさらに割引が効きます。基本的な動画授業や問題演習はこの低価格で受け放題となるため、オフライン塾より圧倒的にコストパフォーマンスが高いです。またライブ指導付きのプレミアムプランでも月額数十万ルピア(数千円)規模に収まり、家庭への負担軽減につながっています。こうした価格競争力もあって、オンライン型は急速に利用者を増やしました。
なお、家庭教師など個別指導を依頼する場合の相場は、教科や教師の経験によりますが、1時間あたり5万~15万ルピア(約500~1,500円)程度が一般的です。近年はマッチングアプリを通じて大学生やプロ講師を時間単位で紹介するサービスも登場し、必要に応じてスポットで個別指導を受ける柔軟な利用も広がっています。
総じて、「オンラインは安価で手軽、オフラインは高額だが手厚い」という棲み分けが進んでおり、利用者は自分の目的や予算に応じて賢くサービスを選択しています。この傾向は今後も続く見込みで、各社とも多様な価格帯の商品ラインナップを用意し、無料コンテンツや割引キャンペーンを駆使して顧客獲得に努めています。
インドネシアの塾ビジネスは、巨大な若年人口と教育への高い期待感を背景に、オンライン・オフライン両面で発展を続けています。市場規模は拡大の一途をたどり、現地企業・外資企業ともに創意工夫でこの成長市場に参入しています。日本の教育文化との違いこそあれど、「より良い教育を受けさせたい」という親心は万国共通です。専門性と現地適応力を武器に、この活気あるインドネシアの教育産業でビジネスチャンスを掴んでみてはいかがでしょうか。
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本記事で使用した単語の解説
FAQ(よくある質問)
Q1. インドネシアで学習塾を開業するには外資でも可能ですか?
A. はい、塾(非形式教育)は外資100%でも設立可能です。ただし法人設立・営業許可・教育省の認可など法的手続きが必要です。
Q2. オンラインとオフライン、どちらが市場として有望ですか?
A. 地方や低所得層にも届くオンライン市場は急成長していますが、都市部では対面式塾も根強い人気があり、両方にビジネスチャンスがあります。
Q3. 塾講師の採用は難しいですか?
A. 優秀な講師は公立学校と兼務している場合が多く、確保には地域の教育ネットワークや待遇改善が重要です。
Q4. 競合が多すぎて参入は難しくないですか?
A. 都市部では競争が激しい一方、地方にはまだ空白市場も存在します。差別化されたカリキュラムや柔軟な価格戦略がカギになります。
Q5. 宗教や文化面での注意点はありますか?
A. はい。イスラム教徒の礼拝時間やラマダンなどへの配慮は不可欠です。授業スケジュールの設計などに反映する必要があります。