
3月 30, 2025 • インドネシア
3月 30, 2025 • インドネシア • by Reina Ohno
目次
インドネシアのビジネス環境は近年大きく変化し、多くの日本企業や欧米企業が進出しています。現地での事業運営において、労働法の理解は極めて重要です。特に2020年の「雇用創出法(Omnibus Law、インドネシア語: UU Cipta Kerja)」の制定とその後の改正により、雇用契約、最低賃金、労働時間、解雇手続き、社会保障制度など労働法の主要分野に変更が加えられました。本記事では、インドネシアに進出中または進出を検討している日本人・欧米人の経営者やマネージャーの方々に向けて、最新のインドネシア労働法のポイントをわかりやすく徹底解説します。
インドネシアの雇用契約は大きく2種類に分類されます。有期雇用契約(Perjanjian Kerja Waktu Tertentu、略称: PKWT)と無期(期間の定めのない)雇用契約(Perjanjian Kerja Waktu Tidak Tertentu、略称: PKWTT)です。それぞれの特徴とルールは以下の通りです。
雇用期間にあらかじめ終期が定められた契約です。契約期間が限定されたプロジェクト業務や臨時的業務に用いられ、一般的に「契約社員」に相当します。PKWTが適用できる業務は法律で限定されており、例えば次のようなケースです :
上記に該当しない業務でPKWTを結ぶことは認められておらず、その場合契約は法律上PKWTT(無期契約)と見なされる可能性があります。契約期間の上限は従来、初回契約最長2年+1回延長(最長1年)の計3年までとされていましたが、最新の政令(2021年政令第35号および2023年の改正)では合計最長5年間(一度の延長を含む)に延長されています 。つまり、PKWTは最長5年を超えることはできず、この上限を超えた場合や契約更新を違法に繰り返した場合、自動的に無期契約へ移行したと判断されます。
また、PKWTを結ぶ際には契約内容をインドネシア語で書面化することが必須です 。インドネシア語の契約書がない場合、その契約は無効となり、結果として雇用形態がPKWTTと見なされるリスクもあります。さらに、試用期間(仮採用期間)をPKWTに設けることは禁止されています。仮に有期契約者に試用期間を課しても、その条項は法的に無効(「存在しなかったもの」と見做される)となります 。
期間の定めのない雇用契約で、一般的に「正社員」に相当します
。契約期間に上限はなく、定年に達するまでまたは契約当事者の都合で終了するまで継続します
。PKWTTの場合、試用期間の設定が可能で、その上限は最長3か月と定められています
。試用期間中であっても最低賃金以上の給与支払いが必要です
。PKWTTは書面だけでなく口頭でも成立し得ますが、トラブル防止のため書面で雇用契約書を交わすことが強く推奨されます
契約満了・終了時の取り扱いにも両者で大きな違いがあります。PKWT契約は契約期間の満了によって自然終了します。契約満了時、企業には解雇手当(いわゆる退職金)の支払い義務はありません(契約が更新されず終了する場合、通常の解雇とは異なるため)。しかし、2020年の雇用創出法により、有期契約が満了した際には「契約満了補償金(uang kompensasi)」を支払うことが義務付けられました。これは勤務期間に応じた一時金で、例えば連続勤務12か月ごとに1か月分賃金が支給されます。
(12か月未満の場合は在籍月数/12を乗じた比例配分額)。契約を延長した場合には、最初の契約終了時と最終延長終了時の両方で補償金を支払う決まりです
一方、PKWTT契約の場合、期間の定めがないため会社都合で解雇する際には正当な理由と法定手続きが必要であり、さらに後述するように手厚い解雇補償金(退職金や勤続功労金)の支払い義務が発生します。
このように、インドネシアでは契約形態によって適用ルールが大きく異なります。外資系企業としては、プロジェクトベースで人員を雇う場合はPKWTを正しく活用しつつ、その上限(最長5年)や更新条件を守ること、長期的に雇用する見込みの人材については安易に有期契約を繰り返すのではなくPKWTTに切り替えることが望まれます。また、契約書は必ずインドネシア語で作成し、試用期間の運用にも注意しましょう。これらを怠ると、有期契約者から「事実上の正社員」とみなされ法定の補償を請求されるリスクがあります。契約時に適切な形態を選び、法定要件を満たす契約書を交わすことが、インドネシアでの人事管理の第一歩です。
インドネシアの最低賃金制度は、日本とは異なり地域ごとに定められます。インドネシアには州最低賃金(UMP: Upah Minimum Provinsi)と県・市最低賃金(UMK: Upah Minimum Kabupaten/Kota)の2種類の最低賃金水準があります。いずれも毎年改定され、翌年の最低賃金額が前年末までに決定・公表されます。
最低賃金には基本給および固定手当が含まれる点にも注意が必要です(残業代や特定の成果給などは含みません)。企業は従業員に対し、この最低賃金額以上の基本給+固定手当を支払わなければなりません。違反した場合、労働法令違反として制裁の対象となります。
近年の最低賃金改定の動向として、政府は経済指標に基づく計算式で改定率を決定する方式を採用しています。直近ではインフレ率、経済成長率、および雇用吸収率や平均賃金の指標を考慮した数理式により各地域の上げ幅が算出され、それを参考に各州知事が最終決定を下しています。2021年施行の政令第36号から2023年の政令第51号に至るまで、この算定方式が調整されており、労使の協議と経済情勢を反映した安定的な改定が図られています。例えば2023年はインフレなどを踏まえ最大10%程度の上限が設けられ、2024年には全国平均で約5%前後の上昇となりました。さらに2025年の改定では一律6.5%の引き上げが政府により決定されています(政令に基づく計算式の結果として6.5%となりました)。
具体例として、首都ジャカルタ特別州の最低賃金を見てみましょう。2023年のジャカルタ州最低賃金(UMP)はRp4,901,798(約490万ルピア)で、2024年には約3.6%上昇しRp5,067,381(約506万7千ルピア)に改定されました。ジャカルタは全国で最も水準が高く、インドネシア全土でも最高額の最低賃金となっています。一方、地方部ではこれより低い水準も多く、例えば2024年の中部ジャワ州の州最低賃金はRp1,958,169、バンドン市(西ジャワ州)の市最低賃金はRp4,048,462といった具合に、地域によって大きな差があります。製造業などで複数地域に工場を持つ場合、各拠点所在地のUMK/UMPを把握し、それに応じた給与テーブルを設定する必要があります。
なお、インドネシアでは以前存在した産業別最低賃金(UMSKなど)は現在ほとんど運用されておらず、基本的には上述のUMPとUMKが最低賃金の基準となります。最低賃金は毎年見直されますので、最新の政令や知事決定を確認し、各年の改定に合わせて給与水準を調整することが重要です。また最低賃金はあくまで最低基準であり、優秀な人材確保には業界水準の給与提示も必要でしょう。労働市場の動向も踏まえつつ、法令遵守を土台とした適正な給与設定を行ってください。
インドネシアの法定労働時間は基本的に週40時間と定められています。その内訳は企業の就業制度によって次のいずれかになります:
上記を超える労働は時間外労働(残業: lembur)とみなされます。時間外労働を行わせる場合、以下のルールを遵守する必要があります。
以上のように、インドネシアでは残業に関する規制が細かく定められています。特に製造業やサービス業では繁忙時に長時間労働が発生しがちですが、法律上の上限(1日4時間・週18時間)を超えない勤務計画を立てることが重要です。また残業代の未払いはしばしば労使紛争の火種となり、労働監督官による摘発事例もあります。違反企業には最低500万ルピアから最高5億ルピアの罰金刑が科され得ます。外資系企業で本国の働き方文化との違いもあるかもしれませんが、インドネシアでは時間管理と適正な残業代支払いが企業の法的責任です。労働者の同意なく過度な残業を強いたり、残業代を抑制しようと違法な制限を設けたりしないよう十分注意しましょう。
法律で定められた年間有給日数
インドネシアの労働法では、勤続12か月以上の従業員に対して最低12日間の有給休暇を与えることが義務付けられています。これはカレンダー日数ではなく、勤務日数で12日間です。
条件
勤続1年未満の従業員には法定の有給は発生しませんが、会社の就業規則で独自に付与することは可能です。
正社員(PKWTT)、契約社員(PKWT)いずれにも適用されますが、PKWTの場合は契約期間や契約内容により異なる場合があります。
未使用有給の扱い
多くの企業では、未使用の有給休暇は翌年まで繰り越し可能ですが、2年間使わなかった場合は失効するという規定が一般的です(これは会社のポリシーにもよる)。
解雇や退職時には**未消化分の有給休暇は金銭で補償(買い上げ)**されます。
祝日とは別扱い
有給休暇は国の祝日(Hari Libur Nasional)とは別です。祝日は自動的に休みになりますが、有給は個人の事情に応じて申請して取得するものです。
Cuti Bersamaはインドネシア政府が定める「一斉有給休暇日」で、主にレバラン(イスラム教の断食明け)やクリスマスなどの宗教的・文化的な大型連休の前後に設定されます。
特徴
国の祝日ではないが、政府が毎年大統領令などで公式に指定。
民間企業にとっては法的義務ではないものの、多くの企業は政府のカレンダーに従って休業します。
公務員や銀行、学校などでは実質的に義務化されている場合が多いです。
Cuti Bersamaの日に休むと、その日は年次有給(Cuti Tahunan)を1日使った扱いになります。
実務上の注意点
Cuti Bersamaは従業員の同意なしに自動的に差し引かれることもあるため、就業規則での明記や事前通知が重要です。
一部の企業では、労働者に代休を与える形で調整することもあります。
インドネシアで従業員を解雇(Pemutusan Hubungan Kerja、略称: PHK)する際には、法律で定められた正当事由と手続きを踏む必要があります。正当な理由なく一方的に解雇することは禁止されており、違法解雇と判断された場合には労働裁判所(PHI)での争いに発展し、企業に高額な補償命令が下る可能性があります。
インドネシア労働法は、以下のような場合に企業からの解雇を認めています
(主な例):
一方で、労働者の自己都合退職(労働者が自発的に辞職する場合)は上記の解雇事由とは区別されます。この場合、会社は基本的に退職の意向を尊重し、円満退職の手続きを取ることになります。労働者からの合意退職であれば会社都合解雇ではないため、後述する解雇補償金(退職金)は支払われません。ただし有給休暇の未消化分など労働者の権利に相当するもの(後述の「権利補償金」)は精算する必要があります。また会社の就業規則や労使協定で自主退職者への慰労金(いわゆる退職一時金、インドネシア語でUang Pisah)の支給を定めている場合には、その支払いも行います。
正当事由がある場合でも、解雇にあたっては以下の手続きを経ることが求められます。
インドネシアでは、会社都合で従業員を解雇する場合、以下の3種類の金銭補償を支払うことが法律で義務付けられています。
以上が法定の解雇補償ですが、実際に支払うべき金額は解雇の理由によって異なります。例えば業績悪化による整理解雇や会社閉鎖の場合、上記①+②+③の全額を支払うケースが多い一方、労働者の重大な過失による懲戒解雇の場合は①退職金が不支給、②功労加算金も不支給(あるいは一部のみ)となり、③権利補償金のみ支払えばよいとされています。また自己都合退職(労働者からの辞職)の場合、会社は原則として①退職金と②功労加算金を支払う義務はなく、③権利補償金のみ支払います。ただし、先述のように会社独自の規定で自主退職者に別途慰労金を払うこともあり得ます。
なお、2022年よりインドネシアでは新たに失業保険制度(JKP: Jaminan Kehilangan Pekerjaan)が導入されています。JKPは解雇された労働者に対し、国の社会保険機関(BPJS Ketenagakerjaan)から一定期間の失業手当や職業訓練支援が給付される制度です。これは2020年の雇用創出法に基づき創設されたもので、企業負担の保険料追加なしで加入者全員に適用されます(政府拠出金と既存保険料の一部振替で賄われます)。JKPの対象となる労働者が会社都合で解雇された場合、上記の企業からの補償金とは別に失業手当の給付を受けられるため、労働者のセーフティネットが強化されています。外資系企業としてはJKPがあるから退職金が不要というわけではなく、法定の退職金等は従来通り支払った上で、追加的に国の保険給付が行われる点に留意してください。
総じて、インドネシアでの解雇は日本と比べても高コストであり、手続きも煩雑です。安易な解雇は控え、可能な限り配置転換や合意退職など代替策を検討することが望まれます。やむを得ず解雇を行う際も、法律に則った正当事由の確認と補償金の適切な支払いを確実に履行しましょう。
インドネシアには国民皆保険・皆年金制度にあたる社会保障システムがあり、企業は従業員を必ず加入させなければなりません。社会保障機構は大きく二つに分かれており、一つが労働者社会保障(BPJS Ketenagakerjaan, 通称BPJAMSOSTEK)、もう一つが国民健康保険(BPJS Kesehatan)です。BPJSは日本の「社会保険」に相当し、医療保険や年金・労災補償をカバーします。
かつての「労働者社会保障機構(JAMSOSTEK)」が改組されたもので、労災補償・死亡補償・退職一時金・年金・失業保険の各プログラムを運営しています。正式には以下の5つの給付制度から構成されます。
以上のBPJS労働者社会保障への加入は正社員・契約社員を問わず、すべての労働者に義務付けられています。たとえ試用期間中や短期の契約社員であっても加入手続きを怠ってはなりません。外国人労働者(駐在員・現地採用)についても、6か月以上インドネシアで働く場合は原則BPJS加入が義務となります(就労ビザ取得にも加入証明が求められるケースがあります)。保険料は毎月の給与支払時に天引き・拠出され、企業はBPJS機構に対し毎月オンラインで報告・送金します。2024年からは最低賃金の上昇に伴いBPJS保険料額も自動的に増加するため 、給与改定時にはBPJS負担額の予算も考慮しましょう。
インドネシアの国民皆保険制度で、医療保険に該当します。企業に雇用される被用者(正式名称: PPU)はBPJS Kesehatanへの加入が義務となっており、保険料は月給の5%と定められています 。その内訳は4%を企業負担、1%を従業員負担と法律で決まっています 。ただし賃金の上限(2023年時点で月給1200万ルピア程度)が設けられており、高賃金者はそれ以上の額は頭打ちとなります。BPJS健康保険に加入すると、被保険者とその扶養家族(配偶者と子ども)が政府指定の医療機関でキャッシュレスで必要な医療サービスを受けることができます。一部負担金は基本的になく、公立病院を中心に受診します(民間病院の場合はBPJS提携先のみカバー)。民間の医療保険と比べるとサービスに制限がありますが、加入は法的義務であり、未加入企業には行政処分が科されます。
BPJSへの加入・保険料納付は、企業にとって社会的責務であるだけでなく法令遵守の面でも非常に重要です。近年はBPJS未加入の企業名公表や政府調達からの排除といった制裁措置も強化されています。外資系企業にとっては、BPJSの制度運用(給付請求や定期報告)は複雑に感じられるかもしれませんが、現地人事スタッフや社労士のサポートを得て確実に履行しましょう。特に労働災害が起きた際、BPJS労災に入っていれば治療費等が全額カバーされ企業負担が軽減されますが、未加入だと全額企業負担になるリスクがあります。健康保険についても、BPJSでカバーしきれない部分は民間保険を上乗せするなどして、従業員の福利厚生を充実させることが望ましいでしょう。
最後に、製造業・IT業・サービス業といった外資系企業が多く参入する業界ごとの留意点を簡単にまとめます。インドネシア労働法の基本は上述の通りどの業界でも共通ですが、業種特性によって実務上の着眼点が異なります。
製造業(工場操業)では、大量の従業員を抱え24時間稼働するケースも多くあります。そのため労働時間管理とシフト体制の構築が特に重要です。インドネシア労働法では週に1日の休日を与えることが義務付けられているため、3交代制で24時間操業する場合でも各従業員に最低週1日は休みを確保する必要があります(例: 4勤1休や5勤2休のローテーション)。繁忙期にはどうしても残業時間が長くなりがちですが、前述した1日4時間・週18時間の残業上限を超えない計画を立て、従業員の過労を防止しましょう。生産ノルマ達成のために上限超のサービス残業を強要すると、労働監督で指摘を受けるリスクが高まります。
また製造業では労働組合(Serikat Pekerja)が組織されていることが一般的です。外資系メーカーでも現地従業員による組合が存在し、労使協定(PKB)を締結している場合があります。就業規則だけでなく労使協定の内容も確認し、残業手当の割増率や休日出勤時の手当、ボーナス支給などについて協定が定める水準を下回らないよう注意してください。インドネシアの組合は団体交渉やストライキ権を持ちますので、日頃から組合との良好な関係構築に努めることも円滑な工場運営に不可欠です。
さらに製造業では、季節要因や受注状況に応じて契約社員(PKWT)や派遣労働者(Outsourcing)を活用する場面も多いでしょう。契約社員については前述のルールに従い最長5年までとし、期間終了時には契約満了補償金の支払いをお忘れなく。派遣会社から労働者を受け入れる場合、受入先企業も連帯して労働法遵守責任を負う点に留意が必要です。もし派遣元が最低賃金未満の賃金で人員を供給していた場合、使用企業も責任を問われ得ます。アウトソーシングを利用する際は、信頼できる派遣会社を選び、その労働者のBPJS加入や賃金支払い状況を適宜チェックすることが望まれます。
IT・ソフトウェア業界では、エンジニアや開発者など専門職のホワイトカラー人材が多く、働き方も他業種と異なる柔軟性があります。まず、裁量労働に近い働き方をしている場合でも、インドネシアでは管理職相当でない限り時間外手当の支払い義務が発生することに注意しましょう。スタートアップ企業などで「エンジニアは深夜まで働くものだ」という文化があるかもしれませんが、法的には一般社員であれば残業代支払いが必要です。もっともマネージャークラス以上で自ら勤務時間を調整できる場合は残業代免除の適用も可能です。役職ごとに待遇を明確に分け、契約書や就業規則にその旨を定めておきましょう。
IT業界ではプロジェクト単位の契約社員(PKWT)も多く見られます。プロジェクト期間が明確な場合は有期契約を活用すれば双方にメリットがあります。ただし5年を超える連続契約は不可であること、また契約終了時の補償金支払い義務があることを認識しておきましょう。優秀な契約社員を長期的に確保したい場合は、途中で無期雇用(PKWTT)に転換することも検討すべきです。そうすることで労働者の安心感が高まり、会社へのコミットメントも向上するでしょう。
もう一点、IT企業では外国人エキスパートの採用も多いかもしれません。その際は就労ビザの取得要件としてBPJS加入や現地労働者育成計画の提出などが必要になる場合があります。外国人労働者には一定数の現地人アシスタントを付ける規定(1人の外国人に対し最少2名の現地人雇用)もありますので、入国前に人事戦略を整えておきましょう。IT分野の高度人材であっても最低賃金や社会保険加入義務は例外なく適用されますので、「高給だからBPJS不要」ということはなく、必ず手続きを行ってください。
サービス業(小売・飲食・ホテル・コールセンター等)では、営業時間帯が長いことや土日祝日も稼働するといった特徴があります。まず、シフト制で勤務させる場合でも1日の所定労働時間や週40時間の枠内に収め、超過分は残業として適切に清算することが必要です。特に深夜シフトや早朝シフトについては、安全管理とともに深夜手当の支払いも検討すべきでしょう(インドネシア法には日本のような深夜割増の規定はありませんが、企業の裁量で手当を支給するケースがあります)。
週休日や祝日の出勤が避けられない業態では、法定の割増賃金(200%~400%)の支払い計画を立てておきましょう。例えばホテル業では大型連休や宗教祭休日に従業員総出で勤務することがありますが、その場合は通常日の2倍以上の人件費がかかることになります。これを渋って無休連続勤務を強いると、後で従業員から法定割増の支払いを求められるリスクがあります。サービス業では往々にして非正規・パートタイムの従業員も多いですが、インドネシア労働法上は週の所定労働時間が短い以外は基本的に同じ保護が及びます。例えば週20時間のアルバイトにも比例配分された最低賃金や有給休暇付与が必要ですし、社会保険も加入させなければなりません。
またサービス業、とりわけ外食や小売ではアウトソーシング(外部委託)の活用も一般的です。清掃員や警備員、配送員などを専門業者に委託する場合、2023年の改正雇用創出法では業務の種類にかかわらずアウトソーシング契約を結ぶこと自体は自由となりました(以前は核心業務の外部委託は禁止という議論がありましたが、現在明文化された禁止はありません)。しかし、委託先の労働者が自社の指揮命令を受ける形になれば、実質的な労働者供給と判断される可能性もあります。委託と雇用の線引きを明確にし、契約上の責任範囲を取り決めておくことが重要です。例えば受付業務を派遣会社から受け入れる場合、受付スタッフの日々の勤怠管理や指示系統が誰にあるのか、契約書で明示しておくべきです。
サービス業では顧客都合に人員計画が左右されやすいため、人件費コントロールが経営の肝となります。しかし法令を逸脱したコスト削減は長期的に見てマイナスです。従業員の士気低下や評判悪化につながるだけでなく、当局から是正勧告や罰金を受ければ却って負担が増します。サービス品質の向上と従業員の適正な待遇維持のバランスをとりながら、人員計画を立ててください。
インドネシアの労働法について、主要なポイントを網羅して解説しました。日本に比べ制度や文化が異なる部分も多く、初めは戸惑うかもしれません。しかし基本となる枠組み(契約・賃金・時間・解雇・社会保障)はしっかり法令で規定されています。逆に言えば、これらのルールをきちんと守りさえすれば、労務トラブルの大半は未然に防ぐことができます。
最後に、実務上のアドバイスとして以下の点を強調します。
インドネシアでの事業運営において、労働法の理解は非常に重要です。本記事では、雇用契約の種類(有期・無期)、最低賃金制度、労働時間・残業の規制、解雇手続きと補償、社会保障制度、業種別の注意点に至るまで、外資系企業が押さえておくべき労務関連の基本を包括的に解説しました。
特に、近年の法改正(雇用創出法の施行とその後の政令改正)により、有期契約の最長期間や補償金制度、最低賃金の算定方式、残業代の割増率、社会保障への加入義務など、企業に求められるコンプライアンス水準が一層高まっています。
また、労働者との信頼関係構築や公正な待遇も、単なる法令遵守にとどまらず、企業の持続的成長に直結する要素です。法的な正確性と文化的な配慮の両方を大切にしながら、健全な職場づくりを目指してください。
インドネシアでのビジネスなら創業10周年のTimedoor
システム開発、IT教育事業、日本語教育および人材送り出し事業、進出支援事業
本記事で使用した単語の解説
PKWT(Perjanjian Kerja Waktu Tertentu)
有期雇用契約。契約期間に定めがある形態で、プロジェクトや臨時業務に使われる。
PKWTT(Perjanjian Kerja Waktu Tidak Tertentu)
無期雇用契約。期間の制限がなく、正社員に相当する雇用形態。
UMP(Upah Minimum Provinsi)
州ごとに定められる最低賃金。全企業がその州内で最低限支払うべき水準。
UMK(Upah Minimum Kabupaten/Kota)
県・市ごとに定められる最低賃金。UMPを上回ることが前提。
Lembur
残業。時間外労働のこと。法定労働時間を超える労働を指す。
PHK(Pemutusan Hubungan Kerja)
解雇。会社が労働者との雇用関係を終了させること。
BPJS Ketenagakerjaan
労働者社会保障機関。労災、死亡補償、退職金、年金などを管理。
BPJS Kesehatan
国民健康保険。公的な医療保障制度で、企業・労働者が保険料を分担。
Uang Kompensasi
契約満了補償金。PKWT終了時に企業が労働者へ支払う一時金。
Uang Pesangon
退職金。解雇時に企業が支払う基本的な補償金。
Uang Penghargaan Masa Kerja
勤続功労加算金。長期勤務者に対する追加補償。
Uang Penggantian Hak
権利補償金。有給休暇など、未消化の権利に対する金銭補償。
JKP(Jaminan Kehilangan Pekerjaan)
失業保険制度。解雇された労働者への公的支援制度。
FAQ(よくある質問)
Q1. インドネシアで有期契約を何度も更新して使い続けても問題ないですか?
いいえ。PKWTの契約更新には上限があり、合計で最長5年を超えてはなりません。これを超えると自動的に無期契約(PKWTT)とみなされる可能性があります。
Q2. 外国人駐在員にもBPJSへの加入義務はありますか?
原則として、6か月以上インドネシアで就労する外国人労働者はBPJS KesehatanおよびBPJS Ketenagakerjaanへの加入が必要です。
Q3. 管理職には残業代を払わなくてもよいのでしょうか?
一定の条件を満たす管理職(勤務時間を自ら調整できる裁量職)に限り、残業代免除が可能です。ただし、契約書や就業規則でその旨を明記しておく必要があります。
Q4. 自主退職の場合も退職金の支払い義務はありますか?
原則として自己都合退職には退職金(Uang Pesangon)や功労加算金(Uang Penghargaan Masa Kerja)の支払い義務はありませんが、未消化の有給休暇などは権利補償金(Uang Penggantian Hak)として精算する必要があります。
Q5. 就業規則や雇用契約書は英語や日本語で作成しても問題ありませんか?
いいえ。インドネシア語での書面作成が法的に義務付けられており、インドネシア語の文書が存在しない場合、その契約は無効とみなされる可能性があります。
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